劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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焦るのは仕方ない……


一条兄妹と亡命者たち

 第一高校だけでなく、魔法科高校九校は今日一斉に授業が再開されている。第三高校も例外ではない。だが一条将輝と吉祥寺真紅郎は、登校していなかった。マスコミの取材攻勢を躱す為だ。新しい国家公認戦略級魔法師と新戦略級魔法の主開発者に対するマスコミの執着は、達也や深雪に対するものの比ではなかった。この状況で登校したら学校に迷惑をかけると考えた将輝と吉祥寺は、自主的に一足早く夏休みを取る事にしたのである。

 夏休みといっても吉祥寺は研究所の仕事、将輝は小松基地で劉麗蕾の監視だ。二人ともこれらの仕事があるから、今回は三高の前田校長も公休にしてくれている。なお将輝の妹の茜が通っている私立中学は、まだ不穏な情勢が解消していないという理由で本当に今日から夏休みだ。正確に言えば、夏休みの十日繰り上げが決定・実施された。こうして一条家の兄妹は、小松基地で真夏の一日を過ごしていた。

 茜と劉麗蕾は順調に親交を深めているが、将輝と護衛隊長の間の感情的な断絶はますます深まっていた。今も部屋の中央に置いてあるテーブルで、茜と劉麗蕾は仲良く肩を並べている。劉麗蕾の前には、茜が中学で使っている教科書。無論、紙の本ではなくタブレット端末だ。どうやら茜が劉麗蕾に、日本の一般常識を教えているようだ。

 その二人を部屋の隅と隅、対角線の端から将輝と林隊長が見ている。将輝自身も大人げないと思っているのだが、林隊長と今後の方針について相談しようとすると、いつの間にか激しい口論になってしまうのだ。だからといって、何故かお互い無視する事が出来ず、こうして茜と劉麗蕾を挟み、部屋の最も遠い位置から睨み合うような恰好になっていた。

 将輝は居心地の悪さを覚えていたが、この部屋を出て行くわけにはいかない。彼は茜を父親から任されているのだ。また劉麗蕾一行に敵対行動が見られたならば、基地の士卒と共同してこれを鎮圧しなければならない。将輝の選択肢は「我慢」しかなかった。

 将輝にとって胃が痛い状況に変化が訪れたのは昼食後、十三時の事。劉麗蕾一行が使っている部外者用宿泊棟のロビーに、別の基地から来訪者があったのだ。

 ここは空軍基地。やってきたのは陸軍の士官だった。国防陸軍第一師団遊撃歩兵小隊所属、千葉修次少尉。小隊所属は臨時の措置らしいが、将輝にとってはどうでもいい事だ。それより、彼がもたらした情報こそが重要だった。

 千葉修次は防衛大の学生でありながら、特例として少尉の地位を与えられている。これは彼の実績と「三メートル以内の近接戦闘であれば世界でも十指に入る」という国際的な名声によるものだ。同盟国の要人警護部隊との共同作戦に組み入れられることが多いため、士官の地位を与えられていたのである。

 ところで、修次が臨時に所属している『抜刀隊』、遊撃歩兵小隊の隊長は中尉だ。四人いる分隊長は全員が少尉の階級を持っている。つまり、修次と分隊長の階級は同じだ。

 分隊長の方が先任なので、指揮系統上は分隊長の方が上。そしてここには二人の分隊長が派遣されているが、彼らは基地司令部との調整と、部隊の運用で忙しい。その結果、残った隊員の中で最も階級が高い修次に、劉麗蕾一行への説明役が回ってきたのだった。

 

「呂剛虎が襲ってくるのですか!?」

 

「密告が真実だという確証はありません。ただ我々は、その可能性ありと判断して出動しております」

 

 

 食って掛かる勢いで問いかけてくる林隊長を宥めるような仕草と共に、修次はそう答えた。彼としては、楽観であるにせよ悲観であるにせよ、いい加減な事は言えない。だが彼のあやふやともとれる物言いは、林隊長のお気に召さなかったようだ。

 

「わざわざ東京から出動してきたのは、何か掴んでいるからではないのですか」

 

 

 確かに抜刀隊が所属する第一師団は東京に本拠地を置いているが、抜刀隊が小松基地に派遣されたのは密告メールが彼らの許に届いたという理由が最も大きい。それに、九島光宣の捕獲よりも大亜連合工作部隊への対処の方が、陸軍としては優先順位が高かった。しかしそういう細かな事情は、亡命者に説明すべき事ではなかった。

 

「確証はありません。しかし、備える必要はあります。小官に言えるのは、それだけです」

 

 

 やや強い口調で繰り返された修次の答えに、林は納得していない風ながらも、それ以上は食い下がらなかった。

 

「安全が確認されるまで、皆さんはこの建物から出ないようにしてください」

 

「それは、何時までですか?」

 

 

 修次にこう尋ねたのは、劉麗蕾本人だった。

 

「現在、警察の助けも借りて呂剛虎を捜索中です。ヤツでなくても密入国者がいれば、一両日中には発見できるでしょう」

 

「分かりました。それくらいなら、我慢します」

 

 

 修次が告げた言葉に、劉麗蕾は渋々ながらも納得した表情を見せたのに比べ、林隊長の目には焦りの色のようなものが過った。それに気付いたのは、修次の横で亡命者たちをさりげなく、しっかりと観察していた摩利だけだった。




将輝じゃ安心出来ないしな……
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