劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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視られてるのに気づけるのが凄いんですけどね


邪悪な視線

 三日間の休校から開けた初日、しかも夏休みまであと十日で、今年の夏休みは九校戦も無いという気合いの入らない条件が重なっていたが、一高の授業は何時も通り午後三時半まであった。ただ九校戦が中止になっているので、生徒会が遅くまで残って処理しなければならない仕事は無い。日が長い時期でもあり、生徒会役員組も部活組もまだ明るいうちに校舎を出た。

 深雪は無事編入試験をパスしたリーナと二人で一足早く駅に向かった。例の茶髪ポニーテール姿で。そして残る何時ものメンバーは、学校のカフェで待ち合わせをして下校した。最初は達也と深雪を核にして形成されたグループだが、今ではその二人がいなくても行動を共にするようになっている。

 学校と駅のちょうど中間の辺りで、エリカがふと道路に面した喫茶店の二階を見上げ、一瞬鋭い目を見せた。

 

「エリカちゃん、どうしたの?」

 

 

 エリカの後ろを幹比古と並んで歩いていた美月が、目敏くその仕草を見つけてエリカに呼び掛ける。エリカは振り返って足を緩め、美月に並んだ。

 

「妙な視線を感じてさ」

 

「妙な視線?」

 

 

 訝し気、かつ割と真剣な面持ちで幹比古が尋ねる。エリカが見上げた喫茶店の二階に視線を向けても、特におかしな気配はしなかったので、幹比古以外でもこのような反応を示しただろう。

 

「はっきりと捉えられなかったんだけど、何か、うなじがチリチリするって言うか、背筋がぞわぞわするって言うか……。邪悪、うん、この表現が一番近いかな」

 

「邪悪な視線?」

 

「何それ。怖くない?」

 

「エリカが捉え損なったって言うのかい……?」

 

 

 雫とほのかは、エリカの言う『邪悪』という表現に嫌悪感を含む声を上げたが、幹比古は『邪悪な』というフレーズよりも、こちらの方が気になったようだ。

 

「ちょっと気が抜けていたかもね。無警戒だったから、こっちが感度を上げた時には消えていた。あたしの気のせいって可能性もあるかな」

 

「気が抜けてたくらいで、テメェが敵を見失うかぁ? 邪悪な視線って、大方鏡でも目に入ったんだろ」

 

「黙れ邪気の塊」

 

 

 エリカのローキックがレオの足を襲う。彼女に足技系格闘技の経験はないはずなのに、レオは片足を抱えて跳びはねる事になった。

 

「~~っ! テメェ、靴に何か仕込んでやがるだろう!」

 

「さあねぇ~」

 

「こんの女ぁっ!」

 

「何よ、やる気!?」

 

 

 今にもエリカに飛び掛からんとするレオと、警棒を伸ばしてそれを迎え撃つ構えのエリカ。その光景を見た幹比古が、慌ててその間に入った。

 

「ちょっと、二人とも!? レオ、落ちついて! 今のは君も言い過ぎだよ」

 

「エリカちゃん、女の子だから暴力は! それに、いきなり蹴ったら可哀想だよ」

 

 

 幹比古がレオを宥める一方で、美月がエリカを窘める。それでこの場は「邪悪な視線」を含めてうやむやになったが、ほのかは不安が消えない顔つきで、エリカが目を向けていた窓へ振り返った。

 

「ほのか?」

 

「……ううん、何でもないよ」

 

 

 ほのかが何に怯えているのか、それが分からないので雫もそれ以上は何も聞けない。彼女は近い内に達也に相談する時間を作ってもらおうと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとした話題になった喫茶店の二階席では、男女の二人組が窓から顔を背けていた――大袈裟には思われない程度だが、少しあからさまな気もする。

 

「……見られたか?」

 

「いや、顔は見られていないと思う。この距離で人相の判別は普通無理だし、魔法を使った気配もなかった」

 

「だが気配は覚られたな」

 

「ああ。予想以上だ」

 

 

 この男女はUSNA非合法工作部隊『ホースヘッド』のメンバー。朝に張り込んでいたのとは別のコンビだ。

 

「アンジーの報告書は、誇張されたものではなかったのか」

 

「小娘でもシリウスという事だろう」

 

 

 二人は声を潜めて話している。仮に盗み聞きをしようとする者がいても、この二人が使っている台湾諸語の中でもマイナーな言語を理解出来るものはいないに違いなかった。

 

「どうする?」

 

「最終的には分隊長の判断だが、千葉の女剣士は避けた方がいいのではないか」

 

「ああ。私もそう思う。光井の方はどうだ」

 

「あの娘は候補から外す必要もないだろう。今も気付いた様子はなかった」

 

「そうだな」

 

 

 会話する二人は、去って行くエリカたち一行の背中に、目を向けようとはしなかった。

 

「とりあえず報告に戻るぞ」

 

 

 カップにコーヒーを半分以上残し、二人組は喫茶店を後にする。そんな二人組を密かに眺めていた視線には気付かずに。

 

「朝に報告があった人とは別だけど、彼たちもUSNAの工作員と考えるべきね。それにしても、達也さんの周りには随分と人が集まるわね。いい意味でも悪い意味でも」

 

「呑気な事言ってる場合ですか? 彼らの会話を盗み聞いた限り、光井ほのかさんはターゲットになる可能性は高いわけですが」

 

「あの家にそう簡単に近づけるはずもないけど、一応達也さんに報告はしておいた方がいいかもね。達也さん本人が動く余裕はなくても、注意喚起くらいはするでしょうし」

 

「一応、ご当主様から極秘に警護を任されている人はいますが、本人が無警戒では意味がないでしょうからね」

 

 

 婚約者の一人である津久葉夕歌と、その護衛の桜崎千穂は、二人組の会話を本家へ報告する為、端末を操作しながら喫茶店を後にするのだった。




エリカを欺く連中を欺く四葉の魔法師たち

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