劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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摩利も十分凄い部類ですから


摩利の観察眼

 林を乗せた車がゲートを抜けて街中を走行していると、一組の男女とすれ違った。ただそれだけなら何も問題なかったのだが、すれ違った男女は先程小松基地で呂剛虎が密入国したという情報を劉麗蕾一行に告げた千葉修次とその恋人の渡辺摩利だった。林の方は自分が見られたという感覚は無く――そんな事を気にしている余裕がなかった、とも言える――特に気にした様子もなくすれ違ったのだが、摩利がすれ違ったオープントップ車に訝しさを覚えたのは、先ほど修次が行ったブリーフィングの際に一瞬だけ林の目を過った焦燥感が気になっていたからだ。

 

「シュウ」

 

「何か見付けたのかい?」

 

 

 摩利が、一緒に街を捜索中の修次に声をかけ、彼女の隣で目立たぬように物陰へ目を配っていた修次が、彼女へと振り返り問いかける。

 

「今、林少尉が乗る車とすれ違った」

 

 

 摩利の言葉に、修次が眉を顰める。

 

「劉少尉の護衛隊長の? 外出は控えるよう言っておいたはずだけど……」

 

 

 見間違いではないのか? とは、修次は問わなかった。この辺り、彼は摩利の事を信頼している――甘い、のかもしれないが。

 

「監視の兵士二名も一緒だった」

 

「それなら基地から出られたのも不思議じゃないけど……」

 

「いや、おかしいだろう。この情勢じゃ亡命者に外出許可が下りるのは、常識的にあり得ない」

 

「……うん、確かにそうだね」

 

 

 修次は慎重な態度ながら、摩利の言い分を認めた。

 

「密入国工作員に関する重要な手掛かりが林隊長から得られたのか、あるいは……監視の兵が何らかの手段で操られているのか」

 

「意識操作の魔法か?」

 

「いや、魔法なら対策は打ってあるだろうし、基地内で魔法が使われればすぐに分かる」

 

「……そうか。そう言えばそうだな」

 

「安心するのは早いよ、摩利。意識操作の魔法を使わなくても、他人を操る事は可能だ。君にもできるだろう?」

 

 

 摩利がハッと目を見張る。修次が言う通り、摩利には無害とされている合法な香料を気流操作で混ぜ合わせて、その匂いで意思の自由を奪う技術がある。

 

「林少尉は、魔法以外の手段で監視の兵を操っているのかもしれない」

 

「例えば、ドラッグか?」

 

「いや、基地に薬物の持ち込みは難しいだろう。林少尉は女性だ。怪しまれないとすれば……例えば、宝石を使った催眠術」

 

「催眠術で他人の意思を思いのままにするなんて、本当にできることなのか?」

 

 

 自分の技術に鑑みて、摩利が疑問を呈する。彼女の「調合」技術では、意志の抵抗力を引き下げる事はできても、相手を完全に意のままにする事はできない。

 

「僕も催眠術には詳しくないから、この答えが正しいとは限らないけど……他人の自我を完全に乗っ取るのは無理でも、意思を少しだけ自分の望む方向に捻じ曲げるのは不可能じゃないと思う」

 

「意思を捻じ曲げる? 意思を誘導するという事か?」

 

「思考誘導か」

 

 

 摩利の言い換えに、修次は「それだ」とばかり頷いた。摩利としては何気ない発言だったのだが、修次にとって今の発言はかなり意味のあるモノだった。

 

「その言い方の方が適切だという気がする。催眠術とかに関係なく、意見が対立している相手を説得しようとする場合を考えてみれば良い。そう言う時、僕たちは自分の目的を達成する為、相手が受け入れられそうな理屈を言葉で説くだろう? そうして同意の言葉を言わせることで、相手の意識をこちらが望む方向へ誘導していくわけだ」

 

「つまり……こういうことか? 催眠術でも、相手が絶対に受け入れられない事を強制はできない。だが可能性が少しでもある事なら、言葉で説き伏せるよりも強力に、相手に信じ込ませることができる。相手にそう思わせて、行動させることができる」

 

「僕はそう考える。その程度でも、監視兵を騙して基地の外へ出る事は可能だ」

 

「――理屈は分かった」

 

 

 摩利はほんの短い時間で考えを纏めて、修次の顔を見上げた。彼女の周りには彼女以上の頭脳を持つ人が集まっていたからあまり目立たなかったが、摩利は決して考える事が苦手な方ではない。むしろ得意だと言える。だからこういった状況でも間違った方向へ考えが流れていく事は無く、冷静に物事を見る事が出来るのだ。

 

「仮に監視が操られているのだとしたら一大事だぞ、シュウ」

 

「ああ。悠長に会話している場合じゃなかったな」

 

 

 修次はそれでも慌てず、軍用携帯端末を胸ポケットから取り出した。悠長に会話している場合ではなかったと言いながら端末を操作し始める恋人を、摩利は訝し気に見詰める。

 

「シュウ、何を?」

 

「亡命者の監視は通常任務とは別カテゴリーの、特殊任務だ」

 

 

 携帯端末に指でコマンドを書き込みながら――加圧センサーでも静電容量センサーでもなく、光学インターフェイスによる肉筆文字認識を軍用端末は採用している――修次は摩利の質問に答える。

 

「任務の性質から考えて、彼らの車両は現在位置が検索しやすくなっているはずだ……よし、見つけた。摩利、呂剛虎の捜索は中断だ。林少尉のところへ行くぞ」

 

「分かった」

 

 

 修次と摩利は高速走行の魔法を自分に掛けて走り出した。




達也とかエリカより劣るけど、十分に凄い部類

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