劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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全然感動しない再会だ


偶然の再会

 林が劉麗蕾に助けを求める通信が入ったと別の隊員に聞かされ、小松基地は大混乱に陥っていた。

 

「どうして林少尉が基地の外に出ている!?」

 

「呂剛虎が市街地の店舗に立てこもっているだと!?」

 

「ヤツが暴れ出したら、市民の被害は避けられないぞ! 横浜の二の舞だ!」

 

 

 基地のあちこちで怒号や不安の声が飛び交う。

 

「何故呂剛虎はそんなところに姿を見せた!? いくら『人喰い虎』でも袋のネズミじゃないか!?」

 

 

 なかでも、そう訝しむ声が最も多かった。林少尉が呂剛虎に、人質に取られている。小松基地幹部の一部には、劉麗蕾にこの事実を教えるべきではないという意見もあった。だが人質の林少尉が呂剛虎に殺されれば、今日の内に分かってしまう事だ。

 そして、そうなる可能性が高い。その時、情報を伏せていた所為で日本軍に対する劉麗蕾の感情悪化に繋がる事は想像に難くない。結果的に基地司令の決断により、劉麗蕾にも林少尉が陥っている事態が伝えられた。

 

「行かせてください!」

 

 

 劉麗蕾は日本軍の護衛(監視)兵にそう訴えた。それは、予想された通りの反応だった。そして、基地の護衛責任者の答えも、用意されていたものだった。

 

「許可できません。貴女の身柄は、我が軍の保護下にあります」

 

「でも私がいかないと林姐が!」

 

 

 劉麗蕾が平常心を失っている事は、日本の軍人に対して「林姐」という彼女たちの間でしか通用しない呼称を使用した事からも分かる。

 

「劉少尉、貴女が言っても林少尉が解放される可能性は低い。貴女が出て行けばむしろ、用済みとして殺される時期が早まるだけです」

 

「じゃあ、どうすれば……!」

 

 

 護衛責任者の理屈が理解出来ない程、劉麗蕾は判断力を失ってはいなかったが、どうすれば分からなくなり彼女は救いを求めるように辺りを見回す。しかし、彼女の眼差しに応えた者はいない。応えられた軍人も魔法師もいなかった。

 

「……兄さん、何とかならない?」

 

 

 今にも泣き出しそうな顔で俯いた劉麗蕾の姿に、茜が自分まで泣き出しそうな声で将輝に尋ねる。茜の声に、劉麗蕾の姿に、将輝も心が動かないわけではなかったが、安請け合いは出来なかった。

 

「すまない、茜。ヤツが何故この基地ではなく市街地の薬局に現れたのか、林隊長を人質に取った狙いが何なのか、俺には見当がつかない。だが、これだけは分かる。呂剛虎の最終的な狙いは劉少尉だ。ならば劉少尉を基地の外に出すなど論外だし、俺はここを離れるわけにはいかない」

 

「………」

 

 

 将輝を見上げたまま、茜が言葉を失う。将輝は奥歯を噛みしめて、茜の眼差しから目を逸らした。ジレンマがこの場を覆う。将輝が指摘した通り、呂剛虎の最終目的が劉麗蕾の暗殺にあるのは火を見るより明らかだ。

 しかし、だからといって林少尉を見殺しにする事も、日本軍としては出来ない。彼らはまだ、林少尉が新ソ連のスパイであることを知らない。日本にとっては、林少尉も保護すべき亡命者だ。

 また、林少尉につけた護衛兼監視が既に絶命している事実も、メディカルセンターを通じて分かっている。状況から見て呂剛虎、あるいはその部下の手にかかったのは明白。治安の観点からも面子の観点からも、呂剛虎は放置できない相手だ。

 問題は、どの程度の人数を派遣するか。今から派遣して、呂剛虎を捕捉できるのか。

 一つの可能性として、呂剛虎は自分を囮にして外部からの侵入者に対する基地の兵力を削ろうとしているのかもしれない。それを警戒したら、呂剛虎に多くの人数は割けない。だが相手は白兵戦世界最強の一角と呼ばれている戦闘魔法師だ。しかも『鋼気功』という銃撃を撥ね返してしまう魔法技術の持ち主。少人数で仕留められる相手ではない。

 少数では駄目、だからといって大人数を動員するには不安要素が大きい。この身動きが取れない状況を解決したのは、偶然がもたらした配役の妙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修次と摩利が件の薬局に到着したのは、林が呂剛虎に捕まってから五分余りが経過した時点だった。事件の事は市民には伏せられている。警察の手で理由を適当に誤魔化した、この一帯の立ち入り規制が行われているだけだ。

 警察は軍服を着ている修次と摩利を足止めしなかった。高速走行の魔法を使用中だった二人は、人質事件の発生を報せる通信文を見ていなかった。

 現場の薬局前に到着した摩利は、林の所在を探して店内に呂剛虎の姿を認め、呂剛虎もまた、店の前にいる摩利に気付いた。

 建物の中から轟く咆哮。呂剛虎の雄叫びだ。店の窓から呂剛虎が林の身体を投げ捨てたのが見えたが、摩利に彼女を気遣う余裕はなかった。その窓を突き破って、呂剛虎が飛び出してくる。短絡的に見えて、その鋭い先制攻撃に、摩利は防御態勢を取る間もなく打ち斃されるかに見えた。

 

「シュウ!?」

 

 

 だが摩利の身体に呂剛虎の拳が届く瞬前、修次の振り下ろす刃がその攻撃を止めた。修次の『圧斬り』と呂剛虎の『鋼気功』がぶつかり合い、肉眼に見えない火花を散らす。

 

「また会ったな、幻刀鬼……千葉修次!」

 

「人喰い虎……呂剛虎! 今日こそ決着をつける!」

 

「望むところよ!」

 

 

 共に白兵戦では世界最強クラスの魔法師と謳われる千葉修次と呂剛虎。ここにいきなり、剣鬼と狂虎の一騎打ちが始まった。




街中で戦うなよな……

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