劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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怒りたくなるのも分かるが……


パラサイト会話

 呂剛虎撃破の報せを聞いたのは、何も劉麗蕾たちだけではない。彼らを使って達也の目を欺こうとしていた光宣もまた、リアルタイムでその報せを得ていた。

 

「何が人喰い虎だ! あの役立たず!」

 

 

 光宣が罵声をまき散らす。彼はこの瞬間、水波が同じ屋根の下にいることさえ失念していた。もし書斎兼寝室の防音が完全なものでなければ、彼は水波に不審を持たれたに違いない。

 

「時間稼ぎにもなっていないじゃないか!」

 

 

 大声を出したことで、光宣は少し落ち着きを取り戻した。彼が呂剛虎の密入国に手を貸したのは、劉麗蕾暗殺の破壊工作が引き起こす混乱に乗じて、既に場所を知られているこの屋敷から別の隠れ家へ移動する為だった。その機を失わないようリアルタイムで追跡していたのだ。

 呂剛虎と彼が率いる工作部隊は、密入国した山陰の松江から無事小松市に潜入したが、呂剛虎は密入国から二日目、小松市に侵入したその日の内に斃されてしまった。一日も時間を稼げなかった。

 呂剛虎を斃したのは遊撃歩兵小隊の一員として出動した千葉修次だ。遊撃歩兵小隊に呂剛虎の密入国の情報を漏らしたのは、劉麗蕾暗殺がスムーズに達成されて混乱に繋がらないことを懸念した光宣だ。

 この急すぎる事態の推移を招いたのは光宣自身であるとも言える。だから彼は余計に、この結末が腹立たしかった。自分の所為でもあると分かっていたから余計に、呂剛虎の力不足に怒りを覚えていた。

 

「落ち着こう。八つ当たりしても仕方がない。それより、これからどうすべきか、だ」

 

 

 室内を苛立たし気に歩き回っていた光宣は背もたれの高い椅子に座り、自分にそう言い聞かせながら考えを声に出さずまとめ始める。

 

「(もしかしたら僕は、達也さんを過大評価しているのかもしれないけど、達也さんは遠からずこの隠れ家を見つけ出す。それはもう、明日のことかもしれない。本来であれば、すぐにでも移動すべきだ。でもこの場所は、細かく特定されていなくても、大まかには知られている。達也さんだけじゃない。十師族も知っている。国防軍にも知られているだろう。この一帯は監視されているとみるべきだ。今は『鬼門遁甲』で……『蹟兵八陣』で守られているけど、結界の外に出れば『仮装行列』を全開にしても捕捉されてしまうだろう。悲観的に過ぎるかもしれないけど、達也さんは既に『仮装行列』を破る為の手掛かりを掴んでいると考えておいた方が良い。……やはり、僕一人では難しい。外部に協力者が必要だ)」

 

「(だったら僕/僕たちが手を貸そうか?)」

 

「(レイモンド?)」

 

「(光宣、君らしくないね。思念の防壁が外れてたよ)」

 

 

 光宣は「しまった」と思いながら、その感情も瞬時に立て直した自我の防壁の内側に隠した。そして部分的に開放した意識の領域でレイモンドに応えを返す。

 

「(聞かれてしまったのであれば、仕方がないね)」

 

「(状況は理解している。ああ、念の為に断っておくけど、君の思考を読み取ったわけじゃないんだよ。僕にもとっておきの情報収集手段があるんだ)」

 

 

 レイモンドのセリフに「フリズスキャルヴか」と、光宣はガードした領域で考えた。フリズスキャルヴについては、周公瑾がだいたいのところを掴んでいた。

 

「(僕たちは今、相模灘に停泊している)」

 

「(インディペンデンスを隠れ蓑にしているのか)」

 

「(ご名答。侵入したのは僕たちだけじゃないよ。イリーガルMAP、アメリカの工作部隊も東京に侵入済みだ)」

 

「イリーガルMAP……USNA軍非合法魔法師暗殺者小隊かい?」

 

「(よく知ってるね。正式には、軍の所属じゃないんだけど)」

 

「(正式には、じゃなくて、建前上は、だろう?)」

 

「(そうとも言う)」

 

 

 光宣の脳裏で、レイモンドのクスクス笑いが響いた。どれだけ建前を作ろうと、イリーガルMAPが軍の命令を受けて動いている事は隠しようのない事実だと、レイモンドも分かっているからだろう。

 

「(それで、イリーガルMAPの一部隊、ホースヘッド分隊が達也の暗殺ミッションに取り掛かっている)」

 

「(達也さんの暗殺? 上手くいくはずがない)」

 

 

 光宣は本心からそう反論した。達也を殺せるのは自分だけ、と考えたのではない。達也を殺せるはずなどないという思考が、何の疑いも無く光宣の脳裏に浮かび上がっていた。

 

「(まぁね。僕/僕たちもそう思うよ。でもイリーガルMAPは無能じゃない。少なくとも呂剛虎よりは、マシな混乱を引き起こせるはずさ)」

 

 

 そこまで言われれば、光宣にもレイモンドの意図が分かる。

 

「(その混乱に乗じてここを脱出しろと?)」

 

「(その通り。横須賀まで来れば、日本から逃がしてあげるよ。もちろん、君の彼女も一緒に)」

 

 

 水波と一緒に、と言われて、光宣は即答できなかった。水波を日本から連れ出す。そこまで光宣は、考えていなかったのだ。

 

「(どうだい?)」

 

「(レイモンド、ありがたく君たちの助けを借りることにするよ)」

 

 

 だが再度問われて、光宣はこう答えてしまった。水波がまだ答えてくれていないことを失念して――水波が自分の彼女ではないという事実から目を逸らして。




これで完璧に誘拐だな

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