葉山が用意してくれた食後のハーブティーを一口啜ったところで、当主直通の電話が鳴ったことに真夜は少し驚いた様子だったが、葉山は特に感情を表に出さない表情で電話を取る。相手は分かり切っているのでその相手の名前を呼びながら対応する。
「達也殿、如何なされた?」
真夜も電話の相手が達也だということは分かっていたが、藤林家から『仮装行列』と『蹟兵八陣』の術式を手に入れたことは連絡を受けている。いくら達也の解析技術が高いからとはいえ、貰った当日に解析を済ませられる程、達也に時間的余裕はないと思っていたからだ。
「かしこまりました、奥様に代わります」
一度保留にしてから、葉山はすぐ隣に控えている真夜に受話器を渡す。もちろん、どのような用件で電話をしてきたのかを伝えて。
「奥様、達也殿から藤林家から相談を持ち掛けられたとの報告が」
「相談? 術式を提供された事ならお昼に聞いたけど、また何かあったのかしら?」
「先ほどは藤林家子女、響子殿が調布のビルに赴いて提供されたようですが、今度は藤林家当主である藤林長正殿から連絡があったとのことです」
「長正さんから? いったい何を企んでいるのかしら」
藤林家が古式魔法の名門であることは言わずも知れたことだが、九島家と密接な関係にありその九島家が裏で何を考えているのかが分からないので、真夜は長正が何を申し出たのかが気になりだした。
「とりあえずたっくんに聞けば分かることね」
「そうでございましょうな」
直前まで当主の顔をしていた真夜が、一瞬で母親の顔になったことにも驚きもせず、葉山はただただ人好きのする笑みを浮かべていた。
「はい、達也さんどうかしたのかしら?」
そんな変化があったなどとおくびにも出さず、真夜は通話を音声のみから動画電話へと切り替える。若干顔が緩んでいるのは、暫く直接会えていない達也と一日に二度会話出来ることが嬉しいからだろう。
『先ほど藤林家当主である藤林長正殿から、光宣討伐の共闘を申し込まれました』
「あらあら、九島家は彼の討伐を十師族に委ねたというのに」
『恐らく裏で九島家の思惑が絡んでいるのかと思われます』
「そうねぇ……いくらパラサイトになったとはいえ、身内の恥を放っておくわけにもいかないでしょうしね」
パラサイトになっただけならまだいいかもしれないが、光宣は先代当主である九島烈を殺害している。九島家内にも真言より烈に忠誠を誓っている魔法師は少なからず残っており、彼らを抑えきれなくなって申し出た、という考え方も出来る。だが真夜も達也も、そんな事で藤林家を通じて共闘を申し出てくるなどとは考えていなかった。
「もしかしたら九島家は、九島光宣を逃がしたいと考えているのではないかしら」
『自分もそう考えます。そうで無ければ、術式を提供した当日に共闘を申し込んでくるなどありえません。もしあるとすれば、術式を提供したその場か、数日後が普通です』
「達也さんは九島光宣の潜伏先をある程度把握しているのよね」
『正確な位置は分かりませんが、水波のエイドスは捕捉しています。後は『仮装行列』と『蹟兵八陣』の術式を解析できれば、光宣を捕らえるのに時間は掛からないかと』
「そうなると分かっているから早めの日程を希望したのかしらね。まぁ、向こうが何を考えているのかは分からないけども、こちらでもいろいろと用意はしておくから、達也さんは貴方が思う通りに動いてちょうだい」
『ありがとうございます』
「あぁそれから、リーナさんに合格おめでとうと言っておいてちょうだい。万が一の時はこちらで何とかするつもりだったのだけども、その必要もないくらい頑張ったようだしね」
真夜がどのような手段を考えていたかは、聞かなくても達也にも伝わっている。達也は真夜の前では珍しく苦笑いを浮かべてから一礼して通信を切った。
「奥様、スポンサー様のご意見を達也殿に伝えなくてよろしかったのですか?」
「せっかく達也さんが成長するチャンスをくださるのだから、あえて黙っておきましょう。あの人と本気で戦えば、達也さんは更なる高みへと成長出来るでしょうし」
「ですが、本当に彼が動くとお思いですか? 常々『俗世とは関係ない』と言っている彼が」
「そう簡単に俗世との縁は断ち切れないものですよ。それに彼はそういう世界で生きている人なのだから、依頼を断ることは出来ないわよ」
そう言い切って真夜はカップに残っていたハーブティーを飲み干し、上品にカップをテーブルに置く。
「葉山さん、貢さんに連絡を入れておいてちょうだい。青木ヶ原樹海で動きがあるようだから警戒を怠らないようにと。それから、亜夜子さんと文弥君にも、九島家の監視を強めるようにと」
「既に手配しております」
「あら、さすが葉山さんね」
「遠からず達也殿が動くと考えておりましたので、どちらも必要なことでございます」
昼の時点で事が大きく動くと分かっていた葉山は、既に各所に手を回していた。葉山の有能さは理解していたが、ここまで先回りをしていたと分かり、真夜はニッコリと笑みを浮かべてお礼を言うのだった。
融通も利くし、冗談も言える