劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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十分敵対行為だって……


佐伯の企み

 自分の目論見通りに事が運べば、十師族の力を削ぐことができたかもしれないと考えていた佐伯は、嘆かわし気にため息を吐き頭をふる。

 

「千葉少尉の存在は、計算外でした」

 

 

 佐伯はそんな表現で、自分の目論見が甘かったと認めた。

 

「遊撃歩兵小隊は元々、九島光宣を捕縛する為に出動していたようですよ」

 

 

 風間のセリフは、慰めにしてはピントがずれている感がある。佐伯もそう感じたようで、彼女は訝し気な視線を風間に向けた。

 

「九島光宣は青木ヶ原樹海に潜伏しているようです」

 

「その情報は、遊撃歩兵小隊の捜索で否定されたはずですが」

 

「あの小隊は九島閣下に心服していた割に、古式魔法師の人材が手薄です。結界を破れなかったのでしょう」

 

 

 風間は光宣が今も樹海の中に隠れていると考えているらしい。それは佐伯にも理解できたが、彼が何故そんな話を始めたのかについては、まだ推測できていなかった。風間になぞかけの意図はないので、彼はあっさりと自分が言いたい事を明かした。

 

「捕まえなくて、よろしいのですか?」

 

「我々が?」

 

 

 佐伯が風間の問いかけを予想できなかったのは、それが突拍子もない内容だったからだ。

 

「何故この一○一旅団が、九島光宣の捕縛に動かなければならないのです?」

 

 

 佐伯の反問は、疑問の表れというより風間の提案を却下する間接的な回答だった。

 

「殺人・誘拐犯の追跡は、我々の任務ではありませんよ」

 

「しかし小官ならば、九島光宣の居場所を突き止められます」

 

 

 風間の言葉には迷いが無かった。躊躇も虚勢も存在しない。彼が「森林戦のエキスパート」と呼ばれているのは、ゲリラ戦の技術が優れているからばかりではない。風間が修めている古式魔法『天狗術』は、山林で最も高いパフォーマンスを発揮する。光宣がどれ程強固な結界の中に隠れていようとも、それが樹海――森林の中である限り、必ず見つけ出せるという自信が風間にはあった。

 しかし佐伯の回答は、後ろ向きなものだった。

 

「もう一度言いますよ、中佐。それは、この第一〇一旅団の任務ではありません」

 

「九島烈を殺害するほどの力を持つパラサイトを、放置していて構わないのですか? それに、我々の手で九島光宣を捕らえれば、十師族の鼻を明かすことにもなると思うのですが」

 

「九島光宣が国家に敵対する姿勢を見せない限り、あの少年は放置しておくべきなのです」

 

 

 佐伯が強い口調で断定する。風間は目を大きめに見開き、両眉を持ち上げることで意外感を表現した。風間から言葉による質問は無かった。だが佐伯は、風間の見せた疑問を無視しても良かったのだが、彼女はそうしなかった。

 

「……九島光宣が逃亡を続ける限り、大黒特尉、いえ、司波達也はその追跡に手を取られて、他の事案に着手できません」

 

「他の事案、ですか? 達也が何か余計な真似をしでかす恐れがあると?」

 

 

 風間の察しが悪い態度は、本物なのか演技なのか。どちらであっても、佐伯がため息を漏らす理由にはなる。

 

「三矢家から提供された情報は、中佐にも見てもらっているはずです。司波達也がUSNAのミッドウェー監獄襲撃を企んでいる一件ですよ」

 

 

 佐伯は一条将輝を君付けで呼んだのに対して、達也は呼び捨てだ。それが風間の意識に少し引っかかったが、彼はわざわざ真意を聞こうとはしなかった。代わりに風間は、別の質問を投げかける。

 

「達也をミッドウェー島へ行かせない為に、九島光宣を援助するのですか?」

 

「何もしないことが消極的支援だという指摘は否定しません。ですが司波達也は、当局の制止など歯牙にもかけないでしょう。出国を禁じても実効があるとは思えません」

 

 

 それは確かに。風間は心の中で頷いた。達也ならば密航でもハイジャックでもシージャックでも思いのままだろうし、自分で飛んでいくことも多分できる。たとえ密出国が明らかになっても、再入国を禁じることも監獄に閉じ込めることもできない。彼は日本が有する最大戦力、最強の戦略兵器なのだから。

 

「中佐、九島光宣への手出しはなりませんよ」

 

「了解しました」

 

 

 改めて念を押す佐伯に、風間は姿勢を正してそう応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐伯の執務室での会話を盗聴していた響子は、一○一旅団が達也に敵対することを知り、自分はどうすれば良いのか頭を悩ませていた。

 彼女は達也の婚約者の一人だ。規律などを無視して達也にこの事を報告したい衝動に駆られたが、彼女はまだ一○一旅団に所属する軍人でもある。上官の考えを密告するようなことが、はたして許されるのだろうかと彼女の中にある軍人としての考えが、達也に報告することを躊躇わせていた。

 そしてなにより、九島光宣は彼女の異父弟にあたる。その相手を積極的にではないにしろ、逃がそうとしてくれている佐伯たちの邪魔をするのを、響子は決意できないでいる。

 

「私はどうすれば……何とかして九島家の秘術である『仮装行列』の術式を提供させたのに、これ以上達也君の手伝いをしたら父や伯父様から何を言われるか分からない」

 

 

 達也が高校を卒業してさえいれば、こんなことで頭を悩ませることは無かったのかもしれない。響子は今回の事は達也に伝えないと決め、結果的に佐伯たちの考えに賛同した形になってしまったのだった。




本音は達也に伝えたいところだろうが……

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