劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本来なら成功するはずのない作戦だろ……


ホースヘッドの作戦

 イリーガルMAP。非合法魔法師暗殺者小隊(illegal Mystic Assassin Platoon)。表沙汰にできない暗殺任務を専門に請け負っていた魔法師部隊で、『コールサック』『コーンネビュラ』『ホースヘッド』の三分隊で構成される小隊だ。形式上はどの国の軍隊にも所属していない組織だが、実態はUSNA軍統括参謀本部直属の魔法師部隊であり、指揮系統からすればスターズの兄弟部隊と言える。公認されているかいないかという点も含めて例えるならば、嫡出子と非嫡出子の異母兄弟と言うべきか。

 元々の指揮系統が途中までは同一であるから、実質的な指揮官が同一人物になるのもそれほど不思議なことではないかもしれない。日本に派遣されているイリーガルMAP・ホースヘッド分隊の分隊長アル・ワンがスターズ本部基地司令官のポール・ウォーカー大佐に指示を仰ぐ電文を送ったのは、ウォーカーがイリーガルMAPに参謀本部の意向を伝える窓口だからだ。

 厳密に言えば、現在イリーガルMAPを動かしているのは参謀本部の統一された意思ではなく参謀本部内の対日強硬派。USNAの覇権を揺るがす危険な戦略級魔法師・司波達也を排除すべきと主張する一派だ。ウォーカー大佐は強硬派の有力高級士官として、イリーガルMAPの指揮を任されているのだった。

 日付が変わり日本時間七月十二日午前零時を過ぎて、ようやくウォーカーからの返信があった。時間については、時差を考えればやむを得ないだろう。とはいえホースヘッドの分隊員が長時間待たされていたのも確かな事実で、隠れ家にいた隊員たちは暗号電文をデコードしている分隊長アル・ワンの手元を遠慮なく覗き込んでいた。

 

「ええいっ、ハイスクールのガキみたいな真似をするんじゃない! デコードが終わったらすぐに読み上げてやるから待っていろ!」

 

 

 背中にのしかかられて鬱陶しかったのか、アル・ワンが水を撥ね飛ばす大型犬のような身震いをしながら部下を叱りつける。ホースヘッド分隊は最も若い隊員でも三十歳を超えている。「ガキのような真似をするな」というのは、掛け値無しの本音だったに違いない。

 アル・ワンの部下は、大人しく彼の背後から離れたが、恐れ入っているわけではない。それは半数以上の隊員がビールやハイボールの缶を手にしたままであることからも窺える。

 イリーガルMAPは非合法部隊。正規部隊の規律を期待しても最初から無理な話だ。そもそも分隊長からして部下にそんな物を求めていない。デコードが終わってディスプレイから顔を上げたアル・ワンは、飲酒する部下の姿を見ても全く表情を変えなかった。

 

「隊長、本国は何だって?」

 

「まぁ、予想通りだな。作戦に変更はない。我々はアンジー・シリウスを無視する」

 

「ターゲットはあくまでも司波達也ってことですね」

 

 

 最初とは違う隊員が、多少は丁寧な口調で念を押した。ホースヘッド分隊は隊長を含めて十人。その内二人いる女性隊員の一人だ。

 

「そうだ。段取りもさっき決めた通りでいくぞ。エリー、お前とジュリア、フランクは光井ほのか、ゲイブ、ヘンリー、イギーは柴田美月を連れてこい。バート、チャーリー、ドンは私と共にこの隠れ家の警戒だ」

 

「了解です」

 

「しかし隊長、人質なんて通用しますかね」

 

「通用しなければ何時も通り、教育して送り返すだけだ」

 

 

 アル・ワンが言う「教育」は、洗脳のことだ。人質に暗示を植え込んでターゲットを暗殺させる手口は、イリーガルMAPの三分隊全てが得意としている戦術だった。

 

「だったら人質は、一人だけで十分じゃないですか?」

 

 

 分隊の中で副隊長格のバート・リーが作戦に疑問を呈する。彼がこれを口にするのは、初めてではない。夕方の作戦会議でも議論になったポイントの蒸し返しだ。

 

「ターゲットの司波達也は、あの四葉家の次期当主だ。『アンタッチャブル』の異名がどの程度実態を反映しているのか分からないが、実力が分からないからこそ手を抜くべきではない」

 

「バート、もう決まったことだぜ。今の俺たちは軍人じゃないが、隊長の決定には従うべきだ。そうだろ?」

 

 

 最初に砕けた口調でアル・ワンに質問したチャーリー・チャンという名の隊員が、バート・リーに語り掛ける。その声音は「窘める」というより「からかう」ものだった。ここまでの遣り取りで分かるように、ホースヘッドは決して和気藹々とした雰囲気の部隊ではなかった。そのことに頭を痛めている隊員はいない。分隊長のアル・ワンも気にしていない。

 

「バート、自信があるなら一人で首を取りに行っても構わないぞ」

 

「……隊長はアンタだ。アンタの指示に従いますよ」

 

 

 イリーガルMAPは過去にやり過ぎた所為で、廃棄されていてもおかしくない部隊。実験材料にもならずに生かされているのは、その方が役に立つを思われているからだ。与えられたターゲットを暗殺できれば、隊内の雰囲気などどうでもいい。ホースヘッドだけでなく、イリーガルMAPに所属している全員が心底そう考えているのだった。




攫おうとした時点で達也に消されるだろ、普通なら……

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