劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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まだまだ山積み……


突破の問題点

 朝食を済ませ、片付けもすべて終えた深雪に、リーナは魔法を行使して自分そっくりの姿に変える。

 

「では達也様、行って参ります」

 

「ああ、気を付けて。リーナ、深雪のことを頼んだぞ」

 

「任せて」

 

 

 達也に見送られて、深雪とリーナが一高に向かう。時刻はまだ七時前。何時もより早めの時間に家を出ているのは、深雪が学校で変装を解く時間を計算に入れているからだ。

 達也は今日も登校しない。二人を送り出した達也はすぐに地下の研究室へと向かう。昨日藤林家当主の代理として訪れた響子から『仮装行列』の起動式及び運用ノウハウの説明書と、『蹟兵八陣』の詳細を記した文献を手に入れた。『蹟兵八陣』は東亜大陸流古式魔法の、結界構造術だ。光宣が今いる隠れ家は、周公瑾が『蹟兵八陣』で造り上げた物である可能性が高い。光宣の居場所を暴き水波を取り戻す為には、『仮装行列』と『蹟兵八陣』を破らなければならない。

 とりあえず、結界が『蹟兵八陣』によるものだと仮定。達也はこの二つの魔法を無効化する術を編み出すべく、昨日から『仮装行列』と『蹟兵八陣』の分析に取り組んでいた。

 

「『仮装行列』はだいたい分かった。問題は『蹟兵八陣』の方か……」

 

 

 研究室のデスクの前に座り、達也は昨日の成果と課題を声に出して確認した。響子から『仮装行列』の起動式と運用マニュアルを受け取ったのは昨日の九時過ぎ。現代魔法のフォーマットで記述されたデータは、達也にとってスムーズに理解できるものだった。食事や入浴、睡眠などの時間を差し引いても、達也が分析を始めてから十時間以上が経過している。達也は既に、九島家の『仮装行列』がどのような魔法か、ほぼ解明していた。

 

「それにしても……リーナが使う『仮装行列』との違いがあれほど大きいとは予想外だった。道理で、同じやり方では破れないわけだ……」

 

 

 複写したエイドスを編集・加工して、オリジナルのエイドスを覆い隠すように貼り付ける点は、九島家の『仮装行列』もリーナの『仮装行列』も同じ。だが九島家の術式は、編集・加工したエイドスのコピーを人造精霊化――人工の独立情報体に変換するプロセスが追加されていた。それによって、術者が魔法発動後に、維持、修復、改変、移動などの操作ができるようになっている。

 この仕組みならば、敵の目を偽装されたコピーの情報体に引き付けた後、コピーをオリジナルから少しずらすことによって、さらに敵の目を欺くことが可能だ。ピッタリ重なっていないから、偽装情報体を破壊しても、その下には何もない。また、一旦相手に認識された偽装情報体の記述内容に追加的な改変を加えれば、敵は照準どころではなくなる。

 しかしそのからくりがわかった今ならば、『仮装行列』の魔法式が直接見えていなくても無力化が可能だろう。光宣が九島家の術式に大きな変更を加えていなければ、間接的な『術式解散』でも魔法を分解できるはずだ。

 しかし達也はそれを、実際に試してみることはしなかった。水波が囚われている隠れ家の、『仮装行列』で偽装されていない座標ならば既に分かっている。三日前から動いていなければ、青木ヶ原樹海内部、半径百メートルのエリアに特定できている。にも拘らず、現地に赴いた達也は隠れ家を発見できなかった。方向感覚を狂わせる東亜大陸流古式魔法『鬼門遁甲』。『蹟兵八陣』は恨みを懐いて絶命した死体を地中に埋めて陣を造り、その怨念を以て『鬼門遁甲』の効果を長期間にわたり持続的に発揮する大規模結界だ。この結界を破れない限り、達也は水波が連れていかれた隠れ家にたどり着けない。仮に光宣を隠れ家から追い出すことに成功しても『鬼門遁甲』を無力化できなければ捕捉は困難だ。捕らえるべき相手が逃げている方向を正しく認識できなければ、追跡すら覚束ない。

 

「やはり『鬼門遁甲』――『蹟兵八陣』を同時に破らなければ、光宣と水波を見つけ出すことはできない」

 

 

 達也は自分に言い聞かせるように、そう呟き解析の続きを開始する。深雪のことが気にならないと言えばウソになるが、今は護衛としてリーナが付いているのでその不安はいくらか和らいでいる。一番の問題は、リーナが失敗して大勢の前で深雪の姿が曝されてしまうのではないかということだが、さすがに得意魔法の制御を誤るというミスは犯さないだろうと思い込んでその不安は脇に追いやっている。人目が多いところではリーナも緊張感をもって魔法を行使しているだろうし、学校内では魔法を使う必要は無いのだから、登下校時だけ集中力を維持してくれさえすれば良いのだと。

 達也はリーナがUSNAでどんなことをしてきたのかを正確に把握しているので、多少のプレッシャー程度で魔法を失敗するなどとは思っていない。だが巳焼島での爆発事件が、若干の不安を抱かせるのだ。

 

「(さすがに大都会で爆発事件は起こさないだろうがな)」

 

 

 巳焼島と比べれば八王子は十分に大都会だ。その事はリーナも理解しているだろうと考え、達也は再び『蹟兵八陣』の解析に集中するのだった。




八王子に失礼な気も……

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