劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1982 / 2283
もう終わってるとは思わないのだろうか……


光宣の思い込み

 何時もより一時間以上早く起きた光宣は、隠れ家の周りを歩き回っていた。結界の点検という名目だが、それよりも眠気覚ましの意味合いが強い。

 光宣は昨日、あまり眠れなかった。呂剛虎が時間を稼げなかった計算違いに対する落胆と、そこから生じた焦り。光宣は呂剛虎が騒ぎを起こしている隙に、今いる隠れ家から移動するつもりだったのだ。

 遠からずこの場所が達也に見つかると彼は考えている。今はまだ『仮装行列』と『蹟兵八陣』で達也の眼を誤魔化しているが、それも長くないというのが光宣の実感だ。「なんとなく」などというあやふやなものではない。魔法式が受けている損傷の度合いから、自分の魔法が通用しなくなる時も近いと推測しているのだ。

 昨晩、突如パラサイトのネットワークで話しかけてきたレイモンドの提案を光宣が受け入れてしまったのは、その焦りが原因だった。話が終わり、ベッドに入って、光宣はそれに気づいてしまった。眠れなかったのは、安易にレイモンドの話に乗ったことに対する後悔によるもの。レイモンドの提案は、水波を連れて日本から逃げ出せという内容だった。自分たちが出国の手段として、USNA軍の艦船を用意するから、と。

 光宣はその誘いに、頷いてしまった。水波の意思を確認することも無く。自分が軽率な真似をしたと光宣が気付いたのは、レイモンドとの会話を終えた直後だった。しかし彼が後悔しているのは、レイモンドの申し出を受け入れたこと自体に対してではない。受諾を、撤回しなかったこと。それを光宣は悔いていた。

 光宣がその気になれば、レイモンドとのコンタクトは何時でも取れる。パラサイト同士の意思疎通に、道具や面倒な手続き、儀式の必要は無い。本来であれば常時繋がっているものを、光宣は力尽くで遮断しているのだ。だから水波の同意が取れていないと気付いた時点で、受諾を撤回することも保留にすることも可能だった。

 だが光宣は、そうしなかった。ベッドの中で悩み続けて、結局そのまま放置している。彼は、自分の本音を自覚させられた。自分が本当は、水波を遠くへ攫ってしまいたいのだと。

 

「(……でも、決めたことだ)」

 

 

 水波が望めば、すぐに達也と深雪の許へ返す。光宣は改めて、自分にそう誓わせた。

 

「(その代わり、水波さんの答えを聞くまでは……決して捕まらない)」

 

 

 光宣はそういう風に考えて、自分の中で折り合いをつけた。

 

「そのためには『仮装行列』だけじゃダメだ。逃げきれない」

 

 

 この隠れ家が長く持たないと判断したのは『仮装行列』が達也によって遠くない未来に破られてしまうと魔法師の感覚で理解したからだ。ならばこの結界を抜け出して逃亡するにしても、『仮装行列』だけではすぐに捕捉されてしまう恐れが多分にある。

 

「(どうすれば良い? 今から新しい魔法を編み出している時間なんて無い。考えろ、僕。考えろ、九島光宣)」

 

 

 光宣が緑の壁に囲まれた左右に見回し、明るい曇り空を見上げたのは、別段ヒントを探していたのではない。思考の行き詰まりから来る息苦しさを和らげるための、条件反射的な仕草だった。しかし光宣の眼に映る不自然な空が、彼にインスピレーションをもたらした。地上からの反射光が乱反射して、雲れた日の曇りガラスのように白く濁った明るい空。そこに結界の壁があるという、分かり易い徴だ。

 

「(『仮装行列』だけでは達也さんの「眼」から逃れられない。だったら、『仮装行列』と『鬼門遁甲』を組み合わせれば? この場所がまだ見つかっていないのは、僕の『仮装行列』だけでなく周公瑾が構築した『蹟兵八陣』が達也さんの接近を阻んでいるからだ。だが『蹟兵八陣』を持ち運ぶ事は出来ない。でも『鬼門遁甲』と『仮装行列』の同時展開なら、今の僕には可能だ。『鬼門遁甲』は方位を欺く魔法。達也さんなら『鬼門遁甲』の対策も立てているだろうけど……)」

 

 

 そこまで考えて、光宣は小さく頷く。

 

「……これなら行けるはずだ」

 

 

 光宣が力強く呟く。だが顰められた眉間の皺は、完全には消えていない。

 

「(問題は、コピーしたエイドスを貼り付ける身代わりか……)」

 

 

 脱出プランは、まだ重要なピースが埋まっていなかった。それ以前に光宣は肝心なことを見落としていた。水波が逃亡に付き合ってくれるかどうかということを。

 

「(パラサイドールを使うか? いや、そんなものじゃ達也さんの目を誤魔化すことはできないだろうし、そもそもパラサイドールは殆ど残っていない。目くらましに使ってしまったら万が一の時に囮に使えなくなってしまう……というか、実家から調達しに行く間に達也さんに捕まってしまう可能性がある。そもそも九島家が僕の味方をしてくれるかどうかだって分からない。ただでさえお祖父様と父さんがパラサイドールの運用を焦った所為で九島家の立場は危ういんだ。その上パラサイト化して四葉家に喧嘩を売った僕の味方をすれば、下手をすれば数字落ちになるだろう。十師族から外れただけでぎゃあぎゃあいう連中がいるというのに、数字落ちになれば父や兄たちも終わりだろう)」

 

 

 自分がどのように他家からどのように思われているかを冷静に分析して、光宣は新たなパラサイドールを入手する作戦を諦めたのだった。




カリスマ的存在だった烈を孫が殺したとなれば、九島家がどう思われてるか分かるだろうに……

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