劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1983 / 2283
自分たちで動くつもりなし


情報部秘密会議

 二〇九七年七月十二日金曜日、朝七時。国防陸軍情報部の秘密幹部会議開催が、簡素なセリフで宣言された。この会議は定期的なものでも公式のものでもない。必要を認められた場合にだけ開催される、非公式の集まりだ。陸軍情報部の幹部が、必要と認める事態に対応して招集されるもの。そういう非常事態が発生しているという、情報部の認識を示している。

 

「潜伏中のメンバーは捕捉できておりませんが、USNA軍非合法魔法師暗殺者小隊が首都圏に侵入しているのは確実と思われます」

 

「イリーガルMAPか……」

 

 

 USNA軍内部においてすら「非合法」と呼ばれている暗殺部隊の暗躍は、非常事態と呼ぶにふさわしい事案だった。

 

「メンバーを発見できていないにも拘わらず、確実に侵入されていると判断した根拠は何だ?」

 

「七月十日の入国記録に、イリーガルMAPのメンバーである可能性が高いデータが発見されました」

 

 

 情報部の、対外的にはその存在を公表されていない副部長の質問に、首都圏防諜部隊防諜十課の犬飼課長が椅子から立ち上がらずに答えた。なお「十課」の名称は「十番目」だからではなく、陸軍情報部と密接な協力関係にある師補十八家・十山家の、直接のパートナーを意味している。

 

「十日か……狙われたな」

 

 

 副部長の呟きに、説明を求める声は上がらなかった。新ソ連艦隊の撤退に伴い、政府は十日の午前九時半に、空路と海路の正常化を宣言した。この規制を緩めたタイミングで外国の工作員が侵入することは予測されていたし、空港でも港湾でも警戒を強めていた。だがやはり、それまで足止めされていた来日客が一気に流れ込み、一人一人のチェックが行き届かない隙をつかれてしまった。この場に列席している情報部の幹部全員が、その無念を共有していた。

 

「密入国した人数の規模は?」

 

「正規の入国手続きを経ているから、密入国というより不正入国だが……工作員と推定される侵入者の数は十人。イリーガルMAPは三分隊で構成されている事が分かっている。その内の一分隊が派遣されてきたのだろう。これをご覧ください」

 

 

 特務一課の恩田課長に問われ、犬飼が答えを返しながら手元のコンソールを操作する。最後の一言は、列席者全員に向けたものだ。各メンバーの前に置かれた卓上端末のディスプレイにパスポートのデータが表示された。一人一ページで十ページのデータファイル。デスク上のホルダーからスマートグラスを手に取る者もいる。列席者がデータに目を通し終えたのを見計らって、犬養が発言を再開する。

 

「パスポートを信用し過ぎるのは危険ですが、容姿や偽名の特徴から見て、侵入したのはホースヘッド分隊だと推定します」

 

「対大亜連合を想定しメンバーを東アジア系の魔法師で固めた暗殺部隊か」

 

 

 情報部は、イリーガルMAP構成員の個人データは持っていないが、どのような部隊なのかは探りだしている。列席者の一人が口にした特徴は、彼らの前に表示された映像と一致していた。

 

「奴らの目的は判明しているのか?」

 

「いえ、残念ながら。ただ現下の情勢を鑑み、高い確率で司波達也の暗殺にあると推定します」

 

 

 副部長の隣から上がった質問に、推定と言いながら犬飼は自信をうかがわせる口調で回答した。

 

「そうですね。私も同感です。我々は先々月、あの者の矯正を試みて失敗しましたが、今回はどう対処いたしましょうか」

 

 

 恩田課長が犬飼の推測を支持した上で、イリーガルMAPへの対応を副部長に尋ねる。

 

「恩田課長。君はどう思うのだ?」

 

 

 副部長はその問い掛けには答えず、逆に恩田の意見を尋ねる。恩田は応える前に、犬飼と一秒未満目を合わせた。その短い時間で、お互いの考えが一致していることを確認する。

 

「思想性向を別にすれば、あの者は我が国に有益な存在です。我々の意のままにはならなくとも、取引は可能だと思われます」

 

「また火曜日のマスコミ報道で、新ソ連艦艇を撃退した新戦略級魔法の共同開発者として彼の名は国民に広く認知されております。あの者が外国人テロリストの手で殺傷されるような事態に発展すれば、政府が国民の非難に曝されるに違いありません」

 

 

 恩田課長に続いて、犬飼課長が副部長に間接的な表現で意見を述べた。

 

「そうだな。イリーガルMAPによる司波達也暗殺は阻止しなければならん。素より、外国工作員の跳梁を許すなど論外。原則を曲げるだけのメリットもない」

 

 

 間接的な表現でも、副部長は二人の提言を誤解しなかったし、室内にいる幹部全員が頷いている。

 

「犬飼課長」

 

「はい」

 

 

 副部長に改まった口調で話しかけられ、犬飼が立ち上がる。今回はさすがに座ったままではまずいと理解していた。

 

「遠山曹長に名誉挽回の機会を与えてやれ」

 

 

 姿勢を正した犬飼に、副部長はそう命じた。先日の達也襲撃未遂の件で、遠山つかさ曹長の信頼は地に堕ちており、十文字家を唆したとして十山家としての信用も失墜している。それでも情報部がつかさを切らなかったのは、まだ利用価値があると考えていたからであり、副部長も犬飼も、今がその時だと判断したのだった。




挽回するほどの名誉があったのだろうか……

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