劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1985 / 2283
本来ならしなくて良い悩みなのに


司令官室での悩み

 昨日、休暇を取得して実家の使者を務めた響子は、何時も通り午前八時に出勤した。彼女の職務は独立魔装大隊隊長の副官であり、勤務地は大隊司令官室。作戦で出動している時以外は霞ケ浦基地の大隊司令官室が彼女の職場になる。司令官室の主である風間が出勤する時間はまちまちで、午後遅くまで顔を見せないこともあれば、響子より早く席についていることもある。響子の出勤が自分より遅くても、風間は何も言わない。そもそもこの部屋の扉は八時にならないと開けられない設定になっているので、風間がどうやって出入りしているのか、響子は知らない。ずっと気になってはいるが、聞かない方が良いという自分の直感に彼女はしたがっていた。

 響子が仕事を始めて十分後、風間が姿を見せる。響子はすぐに自分の席から立ち上がり、デスクの奥に収まった風間の正面で一礼した。儀礼的な言葉の遣り取りをし、本日のスケジュールと旅団司令部からの指示を確認する。一通りの朝のルーティンが終わった後、風間は昨日の首尾について尋ねた。

 

「司波達也氏は、身内だけで九島光宣を捕らえるという藤林家当主の申し出に対して、自分も捕縛ミッションに加わることを希望。藤林家当主はこれを受け容れました」

 

 

 響子は「達也くん」でも「大黒特尉」でもない呼称で報告した。これは軍の作戦ではなく、本来であれば報告義務もない。だが風間は報告されるのが当然という顔をしており、響子の方も特に疑問を抱くことなく風間に報告した。

 

「日時と場所は?」

 

「明日の正午、富士風穴北西の国道上で合流することになっております」

 

「そうか。ご苦労」

 

「ハッ」

 

 

 響子が一礼し、自分の席に戻る。風間は卓上の端末を開かず、椅子の背もたれに身体を預けた。一旦は天井に向けた顔を居眠りしているようなポーズで俯かせる。響子がちらりと風間の顔を盗み見る。上官が何を考えているのか、彼女にはまるで分からなかったが、昨日の佐伯との会話を盗み聞いているので、恐らくはそのことと併せて何かを考えているのだろうと推測は出来た。

 

「(達也くんが光宣君にかまけている間は、彼がミッドウェー島を襲撃する事はない。だから独立魔装大隊は光宣君を放置することに決まった。確かに殺人犯の追跡は独立魔装大隊の職務内容ではないし、中佐が直接赴かなければいけない理由もない。でも人道的に考えれば光宣君を野放しにしておくのは危険すぎる。彼は祖父を手に掛けているし、パラサイトとなった影響で魔法力も各段に上がっている。それこそ、達也くんでも手こずるくらいに)」

 

 

 響子は達也と光宣が病院でやり合った事を知っている。達也の方に「不殺」という枷があったとはいえ、光宣は達也と対峙して逃げ遂せている。パラサイトの治癒能力を使ったことまでは知らないので、光宣は現状、達也と同等の力を有していると響子は思っていた。

 

「(達也くんは九重八雲に相談に行ったらしいけども、彼がそう簡単に教えてくれるはずもない。何とか九島家から『仮装行列』と『蹟兵八陣』の術式は提出させたけども、いくら達也くんでも二日で全てを解析できるはずもないし……)」

 

 

 光宣が海外逃亡を計画していることを、達也が知っているのかどうか。響子が気になっているのはそこだった。もし光宣が海外――ミッドウェー島に向かうとすれば、ついでに達也はそこにある監獄を襲撃するだろう。それは佐伯にとって避けたいことであり、光宣を放置している理由でもある。だがその光宣がミッドウェー監獄襲撃の理由になるとすれば。

 

「(佐伯少将は達也くんを排除しようとする……? だが彼が戦略級魔法師であるという事実を知っているから、排除ではなく拘束することになる? そして洗脳でも施そうとするのかしら……)」

 

 

 達也に洗脳が無意味であると知っているはずだが、それでも野放しにしておく危険性を考えれば実行しないとは言い切れない。それこそ、情報部がしたように。

 

「(四葉家はこのことを知っているのかしら? もし知らないようなら、報告した方がいい……)」

 

 

 響子は独立魔装大隊の一員ではあるが、近い内に退役することが決まっている。少なくとも達也が一高を卒業するまでには退役することになっており、その後は四葉家の息のかかった企業で働くことになっている。だがもし達也が捕らえられ、軍の言いなりになるしかなくなってしまったら、それは自分が軍の情報を伝えなかったから、ということにされてしまうかもしれない。

 

「(一応報告だけはしておいた方が良いのかしら……呂剛虎の件も、佐伯少将は知ってて放置していたみたいだし)」

 

 

 例え呂剛虎が石川で暴れたとしても、責められるのは四葉家ではなく一条家だ。同じ十師族だからというだけで、四葉家には全くダメージは無かっただろう。そのことを失念している上官たちを見て、響子は微かに残っている忠誠心と達也への想いのどちらを優先すべきか頭を悩ませる。

 

「(達也くんに相談したいけど、彼は今術式の解析で忙しいでしょうし……)」

 

 

 いきなり本題に入らず、達也と会話してどうするか決めたかった響子だが、昨日渡した術式のことが頭を過り、結局何も相談せずにしたのだった。




相談したいが邪魔になるだろうしな……
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