劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1986 / 2283
あの人なら出来ても不思議ではない


術の弱体化

 七月十二日金曜日。達也は朝からマンションの地下フロアーに設けられた研究室に籠っていた。彼は響子からもたらされた『仮装行列』と『蹟兵八陣』のデータから、この二つの魔法を破る方法を発見しようと頭脳をフル回転させていた。どちらも光宣が身を隠す為に使っている魔法で、『仮装行列』と『蹟兵八陣』を部分的にでも無効化しない限り、光宣に連れ去られた水波を見つけ出し、取り戻すことはできない。

 研究の目的は、あくまでも光宣に連れ去られた水波の奪還。その前提条件としての、水波の居場所特定だ。達也は『仮装行列』と『蹟兵八陣』の解析に取り組む一方で、本来の目的を片時も忘れていない。肉体的には地下に閉じこもっていたが、彼の精神は魔法的な知覚力を通じて、定期的に水波の状態を看視していた。

 彼の「眼」が変化を捕らえたのは、午後三時過ぎのことだった。状況の悪化ではない。むしろ達也にとっては都合のいい変化と言える。

 

「(結界に、穴が空いた?)」

 

 

 光宣と水波の所在を覆い隠していた魔法の効果が薄れていた。弱体化しているのは『蹟兵八陣』の方だ。偽装が解けてしまったわけでは無いが、今なら現地に突入して無理矢理結界を破ることもできそうに思える。ただ、弱体化は限定的だ。そこが気になった。

 

「(これは……誰かが結界を通り抜けたのか?)」

 

 

 偽装結界を破壊したのではない。正規の手順で通り抜けたのでもない。抜け道を見つけて、そこから『蹟兵八陣』の結界に侵入。その結果、結界に小さな穴が残った――達也はそんな印象を受けた。

 

「(藤林家が抜け駆けした……?)」

 

 

 達也がまず疑ったのは、この可能性だった。藤林家とは明日の正午に合流することで、当主藤林長正と合意ができている。しかし藤林家は当初、自分たちだけで光宣を捕らえたいと達也に言ってきた。

 

「(可能性は低くない。だが、断言はできない)」

 

 

 光宣を狙っているのは達也や藤林家だけではない。十師族も光宣を追跡しているし、国防軍も光宣捕縛に動いている形跡がある。それ以外にも、日本には伝統的に「魔」を「汚れ」として目の敵にしている一団が存在する。パラサイトも彼らにとっては滅ぼすべき「魔」だろう。そういった勢力が動いている可能性もある。

 

「(少し様子を見るか……)」

 

 

 事情も分からず闇雲に突っ込んでいっても、敵を増やすだけの結果になりかねない。達也は『蹟兵八陣』の解析を一旦中断して――『仮装行列』の解析は一段落ついている――、まずは四葉本家に、第三勢力介入の有無について尋ねる事にした。

 

『達也殿、如何なされました?』

 

 

 達也の電話に出たのは、四葉家筆頭執事の葉山だ。達也が掛けた番号は四葉本家の中でも限られた人間しか知らない、真夜への直通番号。その電話に葉山が出るのは、ある意味当然の流れである。

 

「青木ヶ原樹海に何者かが突入したという情報はありませんか?」

 

『何故そのような事を? 少なくともこちらで把握している限りの勢力が突入したという情報は入っておりませぬが』

 

「一時的にではありますが、『蹟兵八陣』が弱体化しています。正規の手段で侵入したわけではないようですので、古式魔法に長けた集団が動いたのではないかと考えたのですが、そちらでも把握していないのですね?」

 

『少なくとも九島家や藤林家に動きはありません。だがもし古式魔法に長けた誰かが隠れ家に侵入したのであれば、考えられる人物は限られてくるでしょう』

 

「……九重八雲、ですか」

 

 

 達也の答えに、葉山は電話越しで満足そうに笑みを浮かべる。音声のみの会話だが、達也には葉山が笑っているのが目に浮かんでいる。

 

『彼ならば九島光宣の『仮装行列』に惑わされることも無く、『鬼門遁甲』や『蹟兵八陣』の抜け道を見つけ出すことも可能でしょうから』

 

「ですが、九重八雲がいったい何の用で光宣の隠れ家に?」

 

 

 自分からの申し出を正論で撥ね返したくらいだから、代わりに水波を救いに行ったとは考えられない。かといってパラサイトになった光宣に力を貸しに行くような人物でもないので、達也は頭を悩ませた。

 

『達也殿。「魔」を毛嫌いする集団の中には、日本以外なら気にしないという人物も多数存在致します。九島光宣が海外逃亡を計画しているという情報も入ってきておりますので、九重八雲はその手助けをするかもしれませんな』

 

「何故手助けを?」

 

『達也殿が九島光宣を討ったとして、その中にいるパラサイトを確実に滅することができるか分からないからではないかと。「魔」を毛嫌いしている人物たちは、封印という消極的な解決方法では満足出来ないのかもしれませぬ』

 

「確実に滅ぼせる方法が分からない以上、封印するしかないのではないでしょうか」

 

『ですから、日本から追い出してしまえば、とりあえずの脅威はなくなると考えているのでしょう』

 

「そういう事ですか……分かりました、覚悟だけはしておきます」

 

 

 達也は何の「覚悟」かは言わなかったが、葉山にはしっかりと伝わっていた。とりあえず今すぐ状況が変化するわけではないと分かったので、達也は中断していた『蹟兵八陣』の解析に戻る事にしたのだった。




やはり有能な葉山さん

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