劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1991 / 2283
彼は達也の役に立てることが嬉しいでしょうし


調査結果

 兵庫から通信が達也のヘルメットに届いたのは、彼が調布のマンションを出発してすぐのことだった。

 

『達也様、お耳に届いておりますでしょうか』

 

「感度良好。何か分かりましたか」

 

『当家以外の十師族で、青木ヶ原樹海に手勢を派遣した家はございませんでした。国防軍にも該当する動きはございません』

 

「つまり、軍と十師族以外ということですか」

 

 

 達也はすぐに、兵庫が遠回しに告げた事実に気が付いた。何も分かっていないなら、こうして通信を送ってくるはずはないからだ。

 

『詳細は、突き止めたご本人がお話しになりたいそうです』

 

『達也兄さん、運転中に失礼します』

 

 

 兵庫に尋ねる前に、その「本人」の声が割り込んできた。その声はどことなく嬉しそうな雰囲気を漂わせている。

 

「文弥か」

 

 

 学校はどうした、と達也は尋ねそうになったが、少なくとも自分が言えることではないと思い止まる。代わりに、調査結果を催促する事にした。

 

「早速だが、話してくれ」

 

『はいっ』

 

 

 文弥の弾んだ声が達也の耳元に返る。達也に頼ってもらって嬉しいという、子犬みたいな反応だ。

 

『今朝から九島家当主及び次男の所在が分からなくなっています』

 

「監視していたのか? いや、それはそうか」

 

 

 改めて言うまでもなく、光宣は九島家の一員だ。周公瑾のネットワーク以外で彼が頼る先があるとすれば、九島家が真っ先に候補としてあげられる。

 

『火曜日からですが……』

 

 

 火曜日は、水波が攫われた日の翌日。彼女の誘拐にはパラサイドールが用いられた。あの人型魔法兵器は九島家が中心となって開発した物だ。九島家前当主・九島烈は光宣のパラサイドール強奪を阻止しようとして命を落とした。この事実を以て九島家は光宣との共謀容疑を免れているが、九島家を潔白と断じるのは早計だ。

 九島家当主は九島真言。そして、前当主の烈と現当主の真言の仲があまり上手くいっていなかったのは、それなりに知られている事実だった。真言と光宣の仲も決して良好とは言えないが、それでも実の親子だ。真言が光宣に協力している可能性は、排除して良いものではない。

 文弥の歯切れが悪い発言は、この反省からくるものだった。水波誘拐に投入されたパラサイドールの数は、九島烈殺害時に強奪された機体数を上回っていたと推定されている。前以て九島家を監視していれば、パラサイドールの大量投入による自爆戦術は防げたかもしれない。あれが無ければ十文字家の迎撃部隊が突破されることはなく、水波が連れ去られることも無かっただろう。

 

「手が足りないのは、どうしようもない。このところ色々なことが重なり過ぎている」

 

 

 しかし達也に、文弥を責めるつもりは無かった。三十四年前に当時の東亜大陸南東地域を支配していた大漢と半ば相討ちのような恰好で失った戦力も、この三十年間で随分回復してきている。だがそれでも四葉家は、今も数の不足を質で補っている状態だ。戦力を多方面に同時展開する余力は乏しい。それに、現在の同時多発攻撃を受けている状態を招いたきっかけは達也自身で、文弥はこれに巻き込まれて「巫女の女装コスプレ」までする羽目になった被害者。八つ当たりなどしようものなら、罰が当たるというものだ。

 

『そう言っていただけると、少し気が楽になります』

 

「最初から気にしなくて良い。それで、九島家の当主と次男は今朝から姿が見えないんだな?」

 

『そうです。ただ監視に派遣している者の技量は「それなり」でしかありませんので、昨晩の内に移動していた可能性もあります』

 

「いや。生駒から青木ヶ原までの移動時間を考えれば、九島の屋敷を抜け出したのは今朝だろう」

 

『やはり、九島光宣と裏でつながっていたのでしょうか』

 

「その可能性は高い。もっとも、光宣にとっては予定外のことだろうな」

 

『父と兄が隠れ家を訪れたことがですか?』

 

 

 文弥はすっかり、九島真言と九島蒼司が光宣の隠れ家に侵入したという前提で話をしている。まだそうと決まったわけではないが、達也は特に、指摘などはしなかった。多分、それで間違いないと達也も考えているからだ。

 

「光宣とあらかじめ打ち合わせていたのであれば、結界を破る必要は無かった。光宣を訪ねたのが九島真言だったとしても、緊密に連絡を取り合っての行動ではないだろう」

 

『あっ、なるほど』

 

「俺はこのまま、青木ヶ原に向かう」

 

『お手伝いは必要ありませんか?』

 

 

 さらに達也に頼られたいという文弥の気持ちが、達也にも伝わってきて、ヘルメットの内側で達也は苦笑いを浮かべる。

 

「逃げられた時には、必要となると思う。だが現時点では不要だ」

 

『分かりました。スタンバイしておきます』

 

 

 達也は文弥との通信を切って、バイクのスピードを上げる。まだ何か話したそうな雰囲気は感じ取ったが、呑気にお喋りをしている場合ではないと文弥も理解していると判断し、達也の方から一方的に通信を切ったのだ。彼はその事に罪悪感は覚えないが、文弥が少ししょんぼりした表情を浮かべただろうと思い、もう一度苦笑いを浮かべるのだった。




同性からも慕われる達也

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