劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼女は勘が鋭いですからね


物騒な予感

 新ソ連の艦艇が撤退したとはいえ、軍事的脅威が去ったと言える状況ではない。日常が完全に回復されるまでには、まだ数週間を要するだろう。全国の魔法大学付属高校も授業こそ再開したが、課外活動は午後四時半までと制限されている。魔法科高校の授業時間は三時二十分までだから、約一時間に短縮するということになる。

 無論第一高校も、その例外ではない。放課後の活動を監督する生徒会や風紀委員会も、五時前には活動終了だ。

 一高最寄り駅のプラットフォームではエリカ、レオ、美月、幹比古が個型電車を待っていた。深雪とリーナは一足先に別行動で下校。雫は実家に呼ばれているということで先に帰宅。ほのかも用事があるということで別行動しており、先に到着した車両で出発済みだ。次の個型電車が駅に入ってくるのを見て、エリカが美月と幹比古の顔を交互に見た。

 

「あっ、来た来た」

 

 

 個型電車に時刻表は無いが、利用客が多い時間帯はだいたい五分以内で次の空き車両が来る。この駅でいえば生徒の登下校時間だ。今はもうピークを過ぎていて待っているのはエリカたちだけだが、それでもほのかを乗せた個型電車が駅を出てから五分で次の車両が到着した。

 

「じゃあ、お先に失礼しますね」

 

 

 美月が開いたドアの前に進む。彼女たちの間では、乗る順番が固定されている。以前の住まいでいえばほのかは逆方向だったので別として、深雪と達也がいない時は雫、美月、エリカ、幹比古、レオの順番だ。

 

「ミキ、送っていきなさいよ」

 

 

 だが今日は、いつもと違う点がある。エリカが幹比古に、美月を送っていくよういきなり勧めた――というより、命じたのである。

 

「えっ!?」

 

「ほら、早く。他のお客さんがいないからって、グズグズしてたら迷惑でしょ」

 

「まぁ、良いけど……」

 

 

 エリカの言い草は相当理不尽だが、美月を送っていくのは幹比古としてもやぶさかではない。それどころか、本音は大いに歓迎だ。

 

「えっ、そんな、悪いですよ」

 

 

 美月は幹比古に向かって遠慮して見せたが、嫌がっていないのは確かめるまでもなく明らかだった。

 

「ダメよ、美月。まだ物騒なんだから」

 

 

 そんな美月の内心に関わりなく、エリカは有無を言わせない。表情こそ笑顔だが、その口調は拒否は許さないと言わんばかりのものである。

 

「ほら、早く」

 

「う、うん……」

 

 

 結局美月と幹比古はエリカに押し切られて、同じ車両に乗り込んで出発していった。二人を乗せた個型電車がプラットフォームを離れて行くのを見送りながら、レオがエリカに、言葉少なく尋ねる。

 

「……どういうつもりだ?」

 

「何が?」

 

 

 エリカはレオの顔も見ずに、そう応じる。この二人の遣り取りは割と何時も通りなのだが、レオはエリカの真意を探る為に視線をエリカに向けた。

 

「幹比古に、美月を送っていけって言った理由だよ。休校開けで二人の時間を作ってやろうってわけでもないんだろ?」

 

「言ったでしょ? 物騒だからよ」

 

 

 エリカは美月を乗せた車両が走り去った彼方を見詰めたままだ。そのただならぬ張り詰めた雰囲気に、レオは眉を顰めた。

 

「物騒って、昨日はそんなこと言わなかったじゃねぇか。何か気になることでもあんのか?」

 

 

 エリカがようやく、レオへ振り向く。その表情は真剣そのもので、レオもエリカには何か確信があるのだと考え出す。

 

「……思い過ごしなら良いんだけどね」

 

 

 そのセリフに被せるようにして、次の車両がプラットフォームに進入した。エリカが乗車位置まで進んで、振り返る。

 

「レオ、ちょっと付き合いなさい」

 

「藪から棒になんだよ?」

 

「良いから来なさい。中で説明するわ」

 

 

 エリカが個型電車に乗り込む。レオはガシガシと苛立たしげに髪を掻き、個型電車の前を遮断するように下りている軌道上の可動橋を渡って、反対側のドアからエリカの隣に収まった。

 

「それで、何でいきなり」

 

「さっき言ったでしょ、物騒だから」

 

「俺がお前を守る理由はねぇんだが?」

 

「誰がアンタに守ってもらいたいって言ったのよ。美月が心配だからあたしたちも陰から美月を家まで送るわよ」

 

「幹比古一人じゃ手に余るっていうのか?」

 

 

 レオはエリカの真意を誤解したりしなかった。幹比古の技量は達也には劣るが並大抵の相手ならば負けるとは思えない程だ。その幹比古に美月を任せたのだから、よほどのことがない限り自分たちがデバガメをする必要は無い。

 

「昨日の夜、四葉家の人たちからちょっとした情報が入ってね。もし本当ならあたしたちが加わっても厳しいわよ」

 

「マジかよ……というか、何でその事を幹比古に言わなかったんだ?」

 

「だって、美月が狙われる可能性があるって知れば、ミキは何時も通りの動きが出来なくなるでしょ?」

 

「まぁ、彼女が狙われる可能性があると知ったら、幹比古は必要以上に周囲を警戒して、如何にもな感じになって美月に不安が伝染するだろうし」

 

「だからよ。ミキには襲撃の可能性を知らないでいてもらう必要があったけど、アンタなら知ったところで動じないでしょ?」

 

「信頼されてるんだか馬鹿にされてるんだか微妙だが、そういうことなら最後まで付き合うぜ」

 

 

 レオの頼もしい返事に、エリカは満足げに頷いたのだった。




レオはあまり動じない感じですしね

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