劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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そう言えば二千話目?


隠れ家突入

 電動二輪『ウイングレス』に跨り、追跡開始から十分後。達也は西湖の手前で、水波と光宣のエイドスを備えた者が乗る自走車を肉眼の視界に収めた。加速し、乗用車の右隣りに並ぶ。伝統的デザインの運転席でハンドルを握っているのは、光宣の顔をした男性だ。十八歳未満でも特例で四輪免許が取れるとはいえ、光宣がその条件を満たしているとは思えない。

 だが今、問題にしなければならないのは、そこではなかった。スーツに組み込まれた完全思考操作型CADを想子波で操作し、出力した起動式を読み込む。組み上げる魔法は対仮装行列用にアレンジした『術式解散』。九島家の術式に対応した魔法式分解魔法だ。たとえこの光宣が肉眼に映っている場所にいなくても、目に見えている幻影を元にそれを構成する魔法式を分解する。

 達也が、魔法を放った。光宣の顔にノイズが走り、全身の輪郭がぼやける。光宣の姿をしていた者の、肉体が崩壊しているのではない。光宣の姿を形作っていた魔法式が、情報体としての構造を失って霧散しているのだ。

 

「(九島蒼司! やはり、ダミーか!)」

 

 

 想子粒子の霞が晴れた後には、達也は助手席に座る「水波の姿をした物」には最早、目を向けなかった。「光宣」が偽物だったのだ。水波が本物であるはずがない。

 達也は樹海の中の隠れ家へ引き返すべく、急ブレーキをかけた。それと同時に、蒼司がハンドルを右に切る。大型乗用車がタイヤを軋らせながら達也目掛けて急接近する。

 スピンする自走車。弾き飛ばされたように道路から飛び出す電動二輪。達也が駆る『ウイングレス』は、空中で弧を描き向きを変えた。バイクは乗用車に撥ねられたのではない。飛行魔法で、自ら飛び上がったのだ。

 達也は飛行バイク『ウイングレス』を空中でUターンさせて道路上に戻した。達也がバックミラーに目を向ける。そこには横向きに停車した自走車が映っている。蒼司が運転する乗用車は、達也のバイクを追いかける構えを見せていた。

 達也は想子波でスーツに組み込まれたCADを操作。彼が魔法を発動するのと同時に自走車のタイヤ、片側二輪が外れ、車台の片端が路面に落下して激しい音を立てた。あの車で、達也の邪魔はできない。

 その代わりに蒼司から魔法による足止めの攻撃が撃ち込まれてくるのではないかと、達也は警戒した。バックミラーの中で、脱輪し傾いた乗用車が小さくなっていく。何時まで経っても、蒼司から攻撃の魔法が放たれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣が使っていた隠れ家に達也がたどり着いたのは、午後五時四十五分前後のことだった。樹海内部に突入する前、スーツの通信機を使って、走りながら兵庫に蒼司のことを伝えた。今頃は兵庫の実父、花菱但馬の手の者が確保に向かっているだろう。

 バイクは路肩に置いてきた。しかし結果的に、その必要は無かったようだ、先ほどと違って、結界による妨害は受けなかった。方位を狂わせる結界自体は、まだ残っている。だがその機能は、大きく低下していた。

 

「(これは、どういうことだ?)」

 

 

 隠すべき者が不在となったからか、度重なる結界破りに魔法を持続的に作用させる機構が弱体化しているのか。結界の構造を詳しく調べたい衝動に駆られたが、達也はすぐさまその疑問を頭の中から追いやった。

 

「(今は、そんなことはどうでも良い。光宣と水波の痕跡が見つかればいいんだが)」

 

 

 達也はどことなく異国情緒を漂わせる木造平屋建ての家屋の前に立ち、その玄関の扉を開けた。

 

「(? 何故中から気配が伝わってくるんだ)」

 

 

 隠れ家の中はもぬけの殻だろう、という達也の予想は正しくなかった。扉を開けた直後に伝わってきた、薄い気配。確かに人の気配でありながら、生気が感じられない。達也に所謂「霊感」は無いが、亡霊というものに遭遇すれば、こんな印象を受けるのだろうかと、彼は思った。

 

「(九島蒼司がいたのだから、それ以外に光宣に手を貸している人間がいても不思議ではないか……)」

 

 

 たとえ亡霊であろうと、その存在を無視するという選択肢は、達也の中に無かった。亡霊の如き何者かは、達也に意識を向けている。自分を待っているのだと、達也には分かった。

 

「(わざわざ気配を薄くしておきながら、あからさまに誘っている……味方である可能性は、限りなくゼロだろう)」

 

 

 今、余計な戦闘をしている余裕はない。同時に、どんな些細な手掛かりも見逃すわけにはいかない。それにこの気配が本当に敵ならば、罠が発動するのを待っているより自分から踏み抜いて食い破る方が時間の節約になる。

 

「(この気配があるのは……屋敷の最奥か。恐らく光宣がこの屋敷で生活していた時に使っていた場所なのだろう。考えられるのは九島家の人間か、その従者といったところか)」

 

 

 達也は屋敷の奥、気配の許へと進みながら、そのようなことを考えていた。彼はまさか、九島家当主が率先して妖魔に手を貸しているなどと思っていなかったので、光宣に操られでもしているのだろうかと考えていた。蒼司の情報体を詳しく「視」れば分かったことだが、彼はその手間を惜しんだのだった。




敵と分かっていても行くしかない状況

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