劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2001 / 2283
つじつまを合わせる為にちょっと強引な策に出ました


ほのかの用事

 ほのかの用事というのは、以前住んでいたマンションから届いた郵便物の影響だ。完全に転居申請をしていたはずなのに、何故か以前のマンションに荷物が届いたから取りに来てほしいという連絡を受け、ほのかは疑問に思いながらもこうして以前のマンションに足を運んだのだ。

 

「荷物ってなんだろう? まったく心当たりがないんだよな……」

 

 

 少し疑問に思いながらも、ほのかはのこのこと一人でマンションにやってきた。その時刻は達也が光宣の使っている隠れ家に足を踏み入れたのと、ちょうど同じ頃だ。

 彼女が一人暮らししていたのは、ほのかの両親がほのかが小学生の頃から、仕事で家を空けることが多かったからだ。ほのかの母親と雫の母親が若い頃から親しくしている縁で、ほのかは雫の家に預けられることが多かった。中学生時代も、両親の不在が長期にわたる場合は、雫の家に半ば下宿しているような生活だった。

 

「あの頃も楽しかったけどね」

 

 

 北山夫妻は、ほのかを雫の姉妹のように可愛がってくれている。特に雫の父、北山潮の可愛がり方は少々度を超していると感じられる程のもので、成長したほのかが後ろめたさを覚えるレベルだった。第一高校入学と同時にほのかが一人暮らしを始めたのは、雫の両親に何時までも甘えてはいられないという決意が大きく作用していたのは間違いないだろう。

 ほのかが一人で暮らすマンションを決める際にも、ちょっとした悶着があった。まず最初に、北山潮が「マンションを買ってやろう」と言い出した。妻の紅音もその意見に賛同したのだが、ほのかと雫がそれを却下。すると次は「自分の系列会社が運営する、万全のセキュリティを備えた部屋を」と言って超高級マンションを用意しようとした。賃貸用に建てられたマンションではなく、分譲マンションをほのかに「貸す」名目で与えようとしたのである。

 当然そんなことをしても雫にバレてしまったので、それも却下され、渋々「せめてセキュリティのしっかりした賃貸マンションに住みなさい」といって、潮は十を超える物件を部下にピックアップさせた。

 

「小父様が心配してくれてたのは分かってたんだけど、些か過保護すぎたよね」

 

 

 潮が用意した物件の中には、とても高校生の一人暮らしとは思えない程の家賃だったり、一人暮らしには広すぎる物件も含まれていた。北山夫妻は「家賃のことは気にしなくて良い」と言っていたが、さすがにほのかの両親も北山夫妻に娘の一人暮らしのための金を惜しむことはせず、以前住んでいたマンションに落ち着いたのだ。最新鋭でなくても女の子の一人暮らしには必要十分なセキュリティを備え、通学に便利という条件で決めたマンションである。

 

「すみません、こんな手紙が届いたんですけど」

 

「あら、光井さん」

 

 

 エントランスでコンシェルジュに届いた手紙を見せるが、そのようなものは届いていないと言われてほのかは首を傾げる。一応以前住んでいた部屋宛の荷物を確認してもらったが、やはりそのようなものは届いていなかった。

 

「どういうこと?」

 

「分かりません。そもそもこちらはそのようなものを送った覚えはないのですが」

 

「おかしいですね……」

 

 

 首を傾げながらコンシェルジュと二人でほのかに届いた手紙を見詰める。その内容はほのかが先に言ったような内容で、コンシェルジュもその内容を見て首を傾げる。

 

「誰かのイタズラでしょうか?」

 

「しかし、このような手の込んだイタズラをいったい誰が」

 

 

 最新鋭ではないにしてもセキュリティのしっかりしたマンションということで、ほのかだけでなくこのコンシェルジュも不審者に対する警戒心が薄い。また魔法師とはいえ、ほのかの感性、思考のあり方、心構えは普通の女の子寄りだ。この様に人目に付きやすいエントランスで、不審者の警戒などするはずがない。音もなく背後から忍び寄った人影に気付くことなく、ほのかは背後から組み付かれた。

 

「キャ(ンンッ)」

 

 

 悲鳴も満足に上げられないように布で口を塞がれてしまう。辛うじて開いていた目に飛び込んできた光景は、同じように口を塞がれてもがいているコンシェルジュの姿だった。

 

「(誰、この人たちは? まさか、この手紙もこの人たちが?)」

 

 

 もがいていたが、布から薬品の匂いを感じ取ったほのかは、息を止めなければと思う間もなく布に染み込ませてあった薬を吸い込んで、そのまま思考の自由を奪われてしまった。

 

「やはり光井を狙ったのは正解だったな。このコンシェルジュはどうする?」

 

「顔を見られたわけでもなければ、何かできるわけでもないから捨て置け。殺すと面倒だから、その辺にでも転がしておけばいい」

 

 

 不審者たちの目的はあくまでもほのかであり、そのほのかも達也を殺す為の道具でしかない。殺人に禁忌を覚えていない彼らでも、コンシェルジュを殺せば余計な勢力が介入してくると考え、ここでの殺人は行われなかった。

 

「それにしても、こんな怪しい手紙でのこのこやってくるとは、随分と警戒心が低いんだな、日本の小娘は」

 

「千葉の娘程の警戒心を持ったヤツが、そうそういるとは思えんが」

 

 

 そう言い残して、不審者たちはほのかを運び車に乗り込んだのだった。




コンシェルジュは巻き込まれただけ

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