劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2002 / 2283
優秀な監視員


ピクシーからの報告

 友人たちより一足早く学校を出た深雪は、既に自宅で私服に着替えていた。達也の不在は、本人が残したメッセージで帰宅後真っ先に把握している。通信回線越しでも達也の声を聞きたいという欲求は心の中で消し難く燻っているが「達也様の邪魔をしてはならない」という強い念がそれを押しとどめている。

 そんな深雪の耳に、着信のコールが届く。深雪は期待に突き動かされて、卓上端末に飛びついた。しかし自室の机に置かれた小型端末のモニターが表示しているのは、達也の名前ではなかった。電話の発信元は、一高の生徒会室に待機させているピクシーだった。

 

「ピクシー、どうしたの?」

 

『深雪様』

 

 

 ピクシーは達也に、自分が不在の間は深雪に従うよう命じられている。今現在、深雪はピクシーの暫定的な主人なのだが、ピクシーは深雪のことを「ご主人様」とは呼ばない。あくまでも自分の主人は達也だと、ピクシーは――ピクシーの中のパラサイトは思っているのだろう。

 ただ達也の命令に従って、必要な時はこうして深雪に報告を上げる。非常事態の通知についても。

 

『光井様が・誘拐・されました』

 

「何ですって!?」

 

 

 深雪は思わず声を裏返らせてしまった。いろいろと非日常的な経験には事欠かない深雪だが、クラスメイトが誘拐されるという事件は全くの予想外のものだった。

 誘拐が稀な犯罪というわけではない。街路カメラの整備で着実に減少しているが、今も年間六十件~八十件のペースで発生している。去年は暴力団による大規模な人身売買事件が発生して、被害者が一気に二百人を超えた。

 だが自分の友人が犯罪被害者になるとは、なかなか考えないものだ。決して平和とは言い切れない世の中だが、少なくとも国内では、毎日犯罪に怯えながら暮らしていかなければならないという治安状態ではない。

 

「ピクシー、状況は分かっているの?」

 

 

 それでも深雪は、すぐに落ち着きを取り戻した。深雪は生まれてからまだ十七年四ヶ月しか経っていないが、彼女のこれまでの人生は控えめに言っても波瀾万丈だ。そのキャリアは、伊達ではない。

 

『光井様は・薬物で・自由意思を・失っている・状態です。二人の誘拐犯に・誘導されて・以前生活していたマンションを出ました。現在は・徒歩で移動中』

 

 

 ピクシーの中に宿ったパラサイトは、ほのかの「想い」によって覚醒し、自我を得た。その経緯から、ピクシーとほのかは霊的につながっている。情報処理能力の問題でほのかの側からピクシーの見聞きした物をモニターすることはできないが、ピクシーはほのかの体験をリアルタイムでトレースすることができる。

 達也はピクシーに、ほのかの私生活を無闇に覗き見ないように命じた。ほのかとピクシーの間に存在するパスを通じて、ピクシーが意図しなくてもほのかの状態は見えてしまうのだが、達也はそれに制限を掛けた。だが今は、ほのかの身が危険に曝されている非常事態だ。制限を掛けられた状態でもほのかの危機は察知できる。

 ピクシーのボディは自ら想子を生み出すことができない機械で、ピクシーに宿るパラサイトは外部から想子の供給を受けなければ活動を維持できない。そしてほのかは、ピクシーにとって最大の想子供給源。パラサイトは、一旦活動が停まればそれまでの自我がリセットされる。活動停止は生物にとっての死に等しい。つまり、ほのかの身の安全はピクシーの生死に関わっている。ほのかの安全を保つ目的の範囲内であれば、ピクシーがほのかの行動を最低限モニターすることは達也からも許されている。

 

『訂正。たった今・自走車に・乗り込みました。誘拐犯は・自走車の運転手を・加えて・三人に増加』

 

「分かりました。ほのかが暴行を受けそうになったら、PKで阻止しなさい」

 

『かしこまりました。PK使用の・解除条件を・受諾しました』

 

「地図と照合して、ほのかの正確な位置をトレースし続けなさい。誘拐犯がアジトに到着したと判断したら、その場所を報告するように」

 

『かしこまりました』

 

 

 深雪はピクシーとの電話を切って、達也の執事である花菱兵庫を呼び出そうとした。だが深雪の部屋にやってきたリーナが不思議そうな顔をしてこちらを見ていることに気が付き、一先ずそちらの相手を済ませることにした。

 

「リーナ、悪いけど緊急事態なの。遊びに来ただけなら後にしてくれないかしら」

 

「緊急事態? 何かったの?」

 

「何かあったから緊急事態なのよ。というか、貴女とこんなやり取りをしている時間も惜しいの。急用じゃないのなら時間を改めてくれないかしら」

 

「わ、分かったわ……ミアがお茶を淹れてくれたから深雪も一緒にどうかと思って誘いに来ただけだから。そっちの用事が終わったらミアの部屋に来てくれるかしら」

 

「ありがとう。でも私はいけないと思うから、二人でお茶しててくれる? 恐らく大事にはならないとは思うけど、万が一そうなってしまったら大変だから」

 

「私も手伝いましょうか?」

 

「いえ、大丈夫よ。貴女が加わったら違った面倒事が発生しそうだし」

 

 

 深雪の発言は、誘拐犯がホースヘッドだとは知らずに出たものだが、その発言はまったくの的外れというわけではなかったのだった。




リーナの参戦はな……

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