劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2005 / 2283
これはラッキースケベでいいのか?


形勢不利

 相手の正体を聞かされ、その答えに意識を取られてしまったせいで、そこに隙が生じた。右側の敵から投擲される太い針。いや、それは細く削った白木の杭だった。移動魔法で速度と貫通力を与えられた杭を、幹比古は右手で叩き落とした。幹比古に怪我はない。裂けた制服の袖からのぞくかれの右腕は、鈍い光沢に覆われている。五行の『金』を皮膚に宿す防御魔法。術理は異なるが、効果だけを見ればレオが得意とする硬化魔法の古式魔法版と言える。

 

「(習っておいて良かった……!)」

 

 

 幹比古がこの金行装甲術を教わったのは先月のことだ。五月末近くに伊豆で、遠山つかさが率いる国防軍と一戦交えた際に近接戦闘技術の必要性を感じた幹比古が、父親にアドバイスを求めて授かった魔法だった。想定したシチュエーションとは少々異なっているが、幹比古の危機意識が功を奏したと言える。

 敵の攻撃は、それで終わりではなかった。むしろ杭の投擲は、牽制でしかなかったのだろう。深く身体を沈めた男が、伸びあがるようにして右手を左下から右上に振り上げた。男の右手には、短剣のグリップだけが握られているように見える。

 だがその見かけに、幹比古は誤魔化されなかった。仰け反りながら前に翳した右手の袖が、鋭利な切り口を見せて裂ける。

 

「(ガラス製の短剣か!)」

 

 

 幹比古の露出した右腕の色が、鈍い光沢から元の肌色に変わった。金行装甲術は身体の一部にしか纏うことができない。また持続時間が短く、再使用には時間を置かなければならないという欠点がある。

 無論、幹比古はそれを忘れていない。彼は装甲術が解けるのを見越して準備していた魔法を、ガラスの刃を受けた直後に放った。

 

「ごめんっ!」

 

 

 言葉にできたのはそれだけだ。幹比古は美月の返事を待たず、彼女の腰をいきなり抱き寄せた。硬直する美月。彼女もまた何も言えない。悲鳴を上げる余裕もなかった。

 幹比古の魔法が発動する。ガラスの刃を振るう男、ホースヘッド分隊のヘンリー・フーと幹比古の間で、空気の塊が爆発する。

 爆風がヘンリーだけでなく、幹比古も襲う。幹比古は美月を抱えたまま、強風に乗って跳び上がった。転落防止柵を越え、土手を飛び降りて川の中へ。川と言っても水路に近い準用河川だ。川幅は狭く、流れは緩やかで水深は浅い。空中で発動した魔法によって一旦水面に立ち、次の瞬間、水に膝まで浸かる。

 

「柴田さん、ごめん。でも、もう少し辛抱して」

 

 

 幹比古が改めて謝罪を述べる。その最中にも、彼の指は魔法の準備に動いていた。

 

「気にしないでください。――吉田くん!」

 

 

 美月の口から、悲鳴の形を取った警告が放たれる。それを聞くまでもなく、幹比古はホースヘッドの追撃に気付いていた。

 襲いかかる電撃を、土手の草が吸収する。ホースヘッド分隊の一人、イギー・ホーが放った放出系魔法を現代魔法の『避雷針』で防御したのだ。幹比古のCADは古式魔法の形式に則ったものだが、現代魔法の起動式も保存されていた。

 イギーを残して、後の二人が川に飛び降りる。上流に麻薬の霧を放ったゲイブ・シュイ、下流にガラスの刃を振るったヘンリー・フー。状況は、まるで改善されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣が隠れ家に使っていた屋敷に誘い込まれた達也を、燃え盛る炎が襲う。藤林長正が屋敷の外から放った火遁の術だった。達也の分解では、燃える物を消し去ることはできても燃える元素がその場に残り、爆発的な燃焼を招くだけなので、彼は着用している『フリードスーツ』の耐熱性能に任せて、炎の直中を突っ切った。

 炎上している屋敷の外に出た達也を、手裏剣の嵐が襲う。その数、二十本。四方向から微妙に的とタイミングをずらして飛来する手裏剣を、達也は宙に逃れて躱した。

 そのまま空中に留まり、敵の姿をヘルメット越しに捉える。襲撃者は全て、藤林長正の姿をしていた。ヘルメットの中で達也が眉を顰めたが、彼が見せた停滞はそれだけだった。達也は『徹甲想子弾』を放ち人影を撃ち抜いた。同時に消える四人の長正。

 

「(四体とも幻影――『分身』か)」

 

 

 背後から襲い来る火薬玉の礫を落下で避けながら、達也は心の中で呟いた。長正が『分身』を使っているのは屋敷の中で対峙している時から気付いていた。

 

「(似ているが『仮装行列』とは別物だな。化成体ではない。精霊魔法……『式神』か。魔法式の発生地点に関する情報を遡れば本体の居場所を突き止められるはずだが……)」

 

 

 簡単にはいかないだろうと、振り返って背後の分身を消しながら達也は思った。試しにたった今、礫を飛ばした加速魔法の発生源に「眼」を向けたが、誰もいなかった。情報を追いかけているのだから移動しただけなら本人を追跡できるはずだが、隠形術で情報的な連続性を断ち切っているのだろう。似たような技を八雲に見せられた記憶が達也にはある。

 魔法を発動している最中を捕らえなければ、情報次元経由の捕捉は難しそうだ。そして長正は、手裏剣や礫を撃ち出す瞬間にだけ魔法を使い、すぐに遠隔操作を手放している。故にこの攻防は、何時、何処から魔法が放たれるか、それを察知する勝負になる。そして今のところ、達也は後れを取り続けていた。

 ここで手間取っている間にも、光宣は逃走を続けている。達也は長正相手のみならず、焦りとも戦わなければならなかった。




美月の感触を楽しんでる場合では無かったな

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。