劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2007 / 2283
普通の高校生から見たら群を抜いていますが


エリカの実力

 美月の自宅へ続く川沿いの道では、エリカとイリーガルMAP・ホースヘッド分隊のイギー・ホーが白兵戦を演じていた。エリカの得物は、CADを内蔵した伸縮警棒。イギー・ホーの得物は、針金だった。

 

「そんな日曜工作でよくやるわ。良い腕してるじゃない」

 

 

 打撃と刺突の狭間に、エリカが揶揄する口調で声をかける。イギーは険しい目付きで、エリカの隙を窺っている。彼が使っている武器は太い針金をより合わせ、その先端をヤスリで削って尖らせたものだ。それに木の棒のグリップを取り付けてレイピアのように使っている。

 ホースヘッド分隊は一般人として飛行機で入国したので、武器を持ち込めなかった。これは今回に限ったことではない。現地で容易に調達できる材料を使って武器を自作するのは、彼らにとって何時ものことだ。幹比古に投げた杭も丸太を自分たちで削ったものだし、ガラス製の短剣も窓ガラスを加工して刃にしたもの。彼らはそうした加工に役立つ魔法に熟達していた。

 加工だけでなく使用に際しても、素材の強度不足を補う魔法を使っている。手に入る者から得物を作り出し、手元にあるものを何でも武器にする。潜入先で、本国の支援を受けずに破壊工作・暗殺任務を遂行。それが、イリーガルMAPのミッションスタイルだった。

 イギー・ホーが使っている針金細剣は、彼の魔法によって本物のレイピアに勝るとも劣らない強度と弾性を見せている(見掛け上、備えている)。ただそれはあくまでも自作した武器の性能であって、戦闘技術の分野はまた別の話だ。

 イギーは決して弱くない。わざわざレイピアを模した得物を使っている程だ。実戦フェンシングのテクニックは高いレベルにある。しかし、こと剣の技術に関していうならば、エリカの方が一段上、どころか二段も三段も上回っている。ここまで決着が付いていないのは、エリカがイギーの隠し球を警戒しているからだ。

 しかし実際のところ、イギー・ホーはエリカの攻撃を凌ぐために針金細剣の強度と弾性を維持しなければならず、他の魔法を使う余裕がない状態だった。そのことに薄々勘付いていたエリカは、手数重視でイギーを攻め立てている。自己加速魔法によるヒットアンドアウェーではなく、弧を描く足さばきで距離を一定の範囲に保ちながら、相手に息を吐く余裕を与えない戦い方だ。そして遂にエリカは、相手に魔法攻撃が無いと確信した。

 イギー・ホーが針金細剣を水平に振る。切っ先がとがっているだけで刃は付いていないので、これは斬る為の攻撃ではなく強度と弾性を持たせた針金を鞭として使う打撃の攻め手だ。エリカはその攻撃を、飛び退って躱した。これまでとパターンを変えて、大きく距離を取った。

 イギー・ホーが、すかさず腰のベルトに左手を伸ばす。ホースヘッドの三人は手首ではなく、腰にCADを付けていた。

 エリカは、相手がCADを操作しようとしていると、認識してはいなかった。彼女はただ、そこに隙を見た。彼女の注文通りに生まれた隙だ。そこに付け込む用意もできている。

 自己加速魔法を発動。目にも留まらぬスピードで、エリカがイギーへ肉薄する。イギー・ホーは慌ててCADの操作を中断し、左手を添えて横向きに針金を掲げた。エリカの警棒が、針金の剣を軽く打つ。

 予想よりもずっと弱い手応えに、イギー・ホーは戸惑いを覚えた。ホースヘッドの殺し屋に生じた、半秒未満の、僅かな停滞。イギーの意識が空白を抜け出した時には、エリカは彼の背後に回り込んでいた。

 振り返る時間は無かった。勘任せで、頭を傾けるのが精一杯だ。頭を狙ったエリカの警棒が、イギー・ホーの左肩を打つ。肩と言っても、首の根元に近い。常識的には勝負あり。だがエリカは気を抜かず、警棒を鋭く振り上げた。

 だが今度はエリカが、意表を突かれた。背中を向けて前かがみになった敵が、自爆したのだ。イギー・ホーの背中から勢いよく煙が拡がる。ただそれは、自爆であっても自殺ではなかった。

 

「煙幕!?」

 

 

 エリカが口にしたように、イギー・ホーは上着の裏側に仕掛けた炸薬で煙幕をまき散らしたのだった。幾ら威力と温度を抑えているとはいえ、炸薬は炸薬だ。服の内側で爆発させて、本人が無傷で済むはずがない。にも拘らずイギー・ホーは痛みを感じさせない素早さで、次の行動に移った。

 

「あっ! こら、待てっ!」

 

 

 煙幕に巻かれたエリカが声を上げる。彼女は気配で、敵が急速に遠ざかっているのを捉えていた。イリーガルMAPは非合法工作部隊。隊員は必須技能として、高い戦闘力を要求される。しかしそれ以上に、敵の手に落ちないことが重要だった。

 現代の技術を以てすれば、死者の脳から情報を引き出すことも、ある程度であれば可能だ。機密保持のためには、自決では不十分。何があっても逃げ果せる能力が、非合法工作員には特に求められている。

 エリカはイギーを追いかけなかった。咄嗟に目を瞑ったので、煙幕で目にダメージは負っていない。だが視界を遮る以外にも、どんな薬品が混ぜられていたのか分からない。もしかしたら自覚できない程の微妙な麻痺効果を受けているかもしれない。

 不用意な追跡は、逆襲を喰らう恐れがあった。それにエリカたちが駆け付けた目的は、美月と幹比古の救援。逃げ去った敵よりも、残っている敵への対処が優先だ。エリカは転落防止柵から身を乗り出した。レオと幹比古が、まだ川の中で戦っているはず。エリカはその戦いに飛び込むことを考えていたのだが、彼女は拍子抜けの気分を味わうことになった。




特殊工作員相手でも十分通用したな

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