劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2009 / 2283
レオのが間違ってるわけではないんですがね


正しい魔法師同士の戦闘

 レオが組み付いているヘンリーの身体を突き放す。ヘンリーは川底に足を取られながら、二歩、三歩と後ろによろめいた。レオが川面に激しいしぶきを上げながらヘンリーへと突っ込む。

 

「ゲイブ! 撤退だ!」

 

 

 眼前に迫るレオの姿をしっかりと見据えながら、ヘンリー・フーは上流に残った仲間に大声で叫んだ。突然の撤退宣言にも、レオの勢いは止まらない。

 

「逃がすかよ!」

 

 

 戸惑うのではなく、激しさを増した。ヘンリー・フーの間近まで迫り、大きく踏み込むと同時に、レオは身体を沈めた。踏み込んだ足が、川底に深い穴を穿つ。その穴を砲台固定のアンカーにして、レオは身体を起こすと共に猛烈な勢いで拳を突き上げた。

 内蔵を突き破らんばかりのボディアッパー。その直前、ヘンリー・フーの手がCADに伸びたのをレオの目は捉えていたが、構わず相手の腹を打つ。レオの拳を受けたヘンリー・フーの身体は、冗談のように宙を舞った。

 

「はぁっ……!?」

 

 

 間が抜けた声が、レオの口から漏れる。パンチを繰り出したのは彼自身だが、まさか相手が五メートル以上吹き飛ぶとは思わない。距離で五メートルではなく、高さで五メートル以上だ。まるで漫画かアニメのような光景に、レオは呆気にとられた。土手の上でも、エリカがポカンとした表情でそれを見ている。

 ヘンリーの身体が川に落ちる。彼はダメージを感じさせない動作で立ち上がり、レオに背中を向けて一目散に川を下って行った。

 

「何だそりゃ……?」

 

 

 後から考えれば、敵が攻撃を受けると同時に魔法を行使して、ボディアッパーの勢いも利用して自分から跳んだのだと分かる。しかしあまりに急な幕切れに、この時のレオは呆然と立ち尽くすだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古は相手が一人になっても苦戦していた。エリカ対イギー・ホー、レオ対ヘンリー・フーの戦いと違い、幹比古とゲイブ・シュイの戦いは魔法の撃ち合いだった。幹比古は、肉体を使った戦闘が苦手ではない。体力も運動神経も、達也やレオが認める程だ。だがやはり彼が得意とするのは魔法主体の戦闘であり、中長距離での魔法の撃ち合いだ。

 一方、イリーガルMAPは破壊工作部隊であると共に暗殺部隊でもある。その性質上、接近して刺殺、撲殺という手口も多用するが、本質的にはやはり魔法戦闘部隊であり、肉体を使った戦闘より魔法戦を得意とする。

 そして美月と幹比古を襲撃した当初の役割分担を見ても分かるように、ゲイブ・シュイはホースヘッド分隊の中でも純魔法戦を得意とするメンバーだった。幹比古とゲイブの戦いが魔法の撃ち合いになるのは、二人の得手を考えれば必然の流れだった。

 対人戦の経験において、ゲイブ・シュイは幹比古を大きく上回る。幹比古も年齢を考えれば、決して対人戦闘経験が乏しいとは言えない。だが基本的に幹比古が学んだ吉田家の魔法体系は、人間と戦う為の物ではなく、人外と交流し、調伏し、従え、あるいは力を借りる為のもの。達也と一緒に行動する中で対人戦の経験を積んできたが、人間相手に戦うことを目的とした魔法を実戦の中で磨いてきた相手には分が悪かった。

 ゲイブ・シュイの足下から、川面を突き破って石が飛び出す。飛来する小石を、幹比古が川の水から作った氷の矢で撃ち落とす。わざわざ凍らせるというプロセスを間に挟んでいるのは、水のままだと「土克水」で威力が落ちるからだ。現代魔法では問題にならないが、古式魔法は五行相克を無視できない。

 幹比古は自分の足下に魔法の気配を感じた。大急ぎで川の流れを遮断し水の壁を作る。泡が、爆ぜる。魔法で圧縮し、水面下に沈められていた空気が解放されて、ちょっとした手榴弾並の爆発力を発揮したのだ。

 激しい水しぶきで幹比古の視界が遮られる。そこに再び、石礫が飛来する。相手に上流を取られている位置関係も、幹比古が不利な状況に陥っている一因だった。

 上流だからゲイブ・シュイは、泡の爆弾以外にも、麻痺薬を川に流して幹比古と美月の近くでエアロゾル化させるといった攻撃も仕掛けられる。それを石礫や高速周波攻撃に混ぜてくる。ゲイブの攻撃は種類こそ少ないが、手数が多くパターンが読みにくかった。

 幹比古もやられる一方ではない。石礫を撃ち落とすのに使った氷の矢を敵に向ける、水の槍を撃ち出す、敵の足に細く絞り込んだ高圧の水流をぶつけるといった、川の水を利用した数々の攻撃を繰り出している。バリエーションは幹比古の方が、むしろ勝っているだろう。だがゲイブ・ジュイの攻撃は単純だが人間にダメージを与えることに特化していた。そんなゲイブの攻撃を、幹比古は全て遮断しなければならない。さもなくば自分よりも、背後に庇う美月に害が及ぶ。それのプレッシャーが、何よりも幹比古を追い詰めていた。

 

「(さっきよりも人数的には有利なのに……)」

 

 

 エリカとレオが駆けつけてくれるまでは三対二、実質的に三対一だった。今は実質的に三対三、相互に分断されているから自分だけ見れば一対一。それなのに幹比古は、先ほどよりも追い詰められている気分を味わっていた。

 その状況が急転する。頭上で起こった、小さな爆発音。流れ落ちてくる黒と茶色と赤が混ざった煙。背後から聞こえる「ゲイブ! 撤退だ!」という叫び声。

 次の瞬間、川面が爆発した。幹比古とゲイブ・ジュイの間に、濃密な水しぶきの壁ができる。しぶきが落ち切った時には、幹比古の視界から敵の姿は消えていた。




魔法師が肉弾戦はねぇ……

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