劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2012 / 2283
研究してたとはいえ……


新魔法、発動

 達也はおよそ十メートル先の木の陰に回り込んだ。彼が手応えを感じて、下生えに何者かが膝から落ちる音がした場所だ。その「何者か」は、藤林長正だった。

 

「光宣が何処へ向かったか知っているか?」

 

「知らぬ……」

 

 

 達也は勝ち誇るでもなく、裏切りを詰るでもなく、淡々と長正を訊問する。一方の長正は、肉体に穴を穿たれた激痛に脂汗を滲ませながら、闘志を失っていない声で答える。

 

「そうか」

 

 

 達也は重ねて問い詰めなかった。そのまま長正に背中を向けて去ろうとする。会話の継続を望んだのは、長正の方だった。

 

「待たれよ……それで、良いのか……? 訊問も拷問もしないのか?」

 

「知らないのだろう? だったら、訊いても仕方がない」

 

「そうか……。時間稼ぎを警戒しているのだな……?」

 

 

 長正の推測は、半分正解だった。確かに達也は時間稼ぎを警戒していたし、長正が嘘を吐いていても真偽を確かめる術がないから訊問は無駄だとも考えていた。最初に光宣の行方を訊ねたのが、気まぐれのようなものだったのである。

 達也は答え合わせに時間を割くような、余計な親切心は発揮しなかった。木の幹に上半身を預けた長正を放置して、その場を去ろうとする。

 

「まだだ! まだ終わりではない!」

 

 

 達也も、内心では焦っていたのだろう。長正はまだ、戦闘力を失っていなかった。達也が振り返ると同時に、長正の肉体に新たな穴が穿たれる。だがその傷がもたらす痛みは、長正を止めるに足りなかった。達也が長正を殺さないのは、藤林響子の実父という事情を考慮したからではない。古式魔法の名門・藤林家当主を消してしまうと、事後処理が面倒なことになるからだった。

 しかし長正は、そのような手加減ができる相手ではなかった。右肩を撃ち抜かれて、普通なら右手を使えなくなっているはずだ。にも拘らず、長正は両手で印を結んだ。達也はそれを見て、今度は左肘の腱に穴を穿った。

 それでも長正の結印は崩れない。それどころか、目にも留まらぬ速さで次々と印を組み替えていく。達也が長正の始末を決意した時には、既に術が完成していた。

 この場を覆う結界が、『蹟兵八陣』が達也と長正を中心に集束していく。時刻は午後六時過ぎ。日が長い季節と言えど、樹海の中は闇に包まれている。その闇が、さらに厚みを増した。

 暗闇が達也にプレッシャーを与える。達也は自分が撥ね返している圧力の正体に「眼」を凝らした。人の形をした靄のようなものが、達也を包囲し手を伸ばしている。

 

「(分身……? いや、幽体離脱……。違う、死者の残留思念か!)」

 

 

 今達也に精神的な――「系統外魔法的な」と言い換えることもできる――圧力を加えているのは、魔法出力装置に改造された死蠟の中の霊子情報体に違いない。達也は「死者の残留思念」と表現したが、一般的には「死霊」「亡霊」と呼ぶべき情報体だろう。『蹟兵八陣』の装置に改造された魔法師の死蠟には、額に「道を迷わせる」というコマンドが刻みつけられている。自ら考えることのできない死霊は、ただその命令に従い達也を迷わせようとしているのだろう。達也が意志の防御を崩されたならば、死霊たちが力を使い果たすまで、彼は樹海を彷徨い続けるに違いない。

 

「(藤林長正は……自滅したか)」

 

 

 死霊たちの手は、長正にも及んでいた。達也には、霊子情報体の活動を詳細に「視認」する能力はない。ただ漠然と感じるだけだ。それでも長正の精神が既に、残留思念に呑み込まれているのが分かった。

 

「(術者が自滅した以上、魔法を解除させるのは不可能だ。このまま残留思念を押し返し続ければ、何時かはこいつらの力も尽きるだろうが……それを待ってはいられない!)」

 

 

 達也は残留思念――「死霊」を自分という事象に干渉することによって発生しているはずの想子情報体へと「眼」を凝らした。達也の仮説が間違っていなければ「達也の精神に干渉して方向感覚を狂わせようとしている」という情報が、そして「達也の精神に干渉している霊子情報体」という情報が、この世界に記録されている。

 その記録からさらに、「司波達也というこの世界の一部分を成す事象に干渉可能な形でこの世界に霊子情報体を存在させている構造」を読み取る。

 

「(「視」える、「視」えるぞ)」

 

 

 『死霊』という名の霊子情報体が、この世界に存在する為の足場を見つけだし、それを壊す。分解する!

 

「(霊子情報体支持構造分解魔法『アストラル・ディスパージョン』、発動)」

 

 

 ――霊子情報体を、精神体をこの世界に存在させている想子情報体の構造を破壊する。霊子情報体を、滅ぼすのではなく、この世界から追放する。

 達也を取り巻く、白い人型の靄が急速に晴れていく。死者の念によって支えられていた『蹟兵八陣』が、崩壊していくのが分かる。

 霊子情報体支持構造分解魔法『アストラル・ディスパージョン』。精神体を、この世界で封印するのではなく、精神体を、この世界に存在できなくする魔法。この世界に存在できなくなるということは、この世界に生きるものの視点からすれば、消えてなくなるということ。死ぬということ。消し去り、殺すということに等しいと言える。

 達也は遂に、精神体を消去し、精神生命体を殺害する手段を得た。




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