劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2013 / 2283
いい加減認めればいいのに


貢からの問い

 藤林長正の自爆攻撃に新たに開発した魔法で退けた達也は、そのまま樹海の外に向かおうとした。だがその足は、五メートルも進まぬうちに止まってしまう。達也が部分分解の魔法で長正に空けた穴は小さな物だが、数が多い。出血も馬鹿にならないし、重要な神経を切断してしまっている穴もある。このままここに放置すれば、一晩で命は尽きるだろう。一度は消してしまう決断を下した相手だが、最初からそうしなかった事情は消えていない。殺してしまうには、いささか都合の悪い相手だ。

 だからといって『再成』を使って助ける気には、達也はなれなかった。傷がなくなれば、長正は再び達也の邪魔をするだろう。都合よく意識を奪うのは難しい相手だし、拘束する為の道具も持っていない。やはり、見捨てるか。彼が止めていた歩みを再開しようとしたその時、新たな気配が達也の前に生じた。

 

「伊賀流上忍・藤林家の当主を下したか。まぁ、四葉家の次期当主を名乗る以上、この程度はできて当然だな」

 

 

 真夏にも拘わらず黒いコートに黒手袋。黒いソフト帽を斜めに被った不審人物は、挨拶もせず傲慢な口調でそう言った。達也の前にいきなり現れた男性は、四葉分家、黒羽家当主、黒羽貢だった。

 

「黒羽さん、何時こちらへ?」

 

「たった今だ。君が結界を破壊してくれたお陰で、真っ直ぐに跳んで来られた」

 

「黒羽さんなら、結界が機能していても邪魔にはならなかったでしょう」

 

「謙遜ではないさ。あの結界が健在なら、相当な回り道が必要だった」

 

 

 つまり結界を抜ける手順は分かっていたということだろう。それだけではない。魔法を行使した気配を覚らせず間近まで接近する技術は、さすがに亜夜子の父親だけのことはある。達也は感心すると共に、警戒せずにはいられなかった。

 

「こちらに来られたのは、母上のご命令ですか?」

 

「いや、君に聞きたいことがあって来た」

 

「自分に、ですか?」

 

 

 達也の意識に浮かんだ疑問は「いったい何を?」ではなく「こんな時に?」だった。だが光宣の追跡を再開するにしても、貢を無視するのはまずい。長正を殺してしまう以上に、不都合が予想される。達也は大人しく、貢の問いかけを待った。

 

「達也君」

 

 

 達也が軽く、目を見張る。道化の仮面を脱いだ貢が、敵意や憎悪を込めずに彼の名を呼ぶ。それを達也は、初めて聞いた。

 

「君は何故、そうまで熱心に九島光宣を追いかける?」

 

 

 達也の脳裏を「またか」という思考が掠めた。正直なところ、あまり好ましい問いではない。彼は、何故それが自分にとって好ましくないのか踏み込んで考えないまま、その質問に答える。

 

「水波を取り戻す為です」

 

 

 それ以外に光宣を追いかける理由はない。光宣がパラサイトであるという事実は、達也にとって敵対の理由にはならない。光宣がパラサイトたちの意識に呑み込まれて深雪の平穏を掻き乱すような真似を始めない限り、達也は水波さえ取り戻せばそれで良かった。

 

「使用人一人を取り戻すのに、なぜそこまで熱心になれる?」

 

 

 貢は重ねて「熱心」という単語を使った。今の自分はそう見えるのだなと、達也は他人事のような感想を懐いた。

 

「分かりません」

 

 

 達也は迷った素振りもなく即答した。散々迷った結果だ。八雲から水波を助けようとする理由を問われて以来、達也は自分の中に答えを探し続けていた。

 だが、見つからない。表面上な答えで良いなら、簡単だった。深雪が求めているからだ。水波を光宣に奪われた、深雪をみすみす逃がしてしまった、深雪の後悔を消す為だ。

 しかし、本当にそれだけか? と自問したなら、途端に分からなくなる。水波を、死んでしまった穂波に重ねているつもりはない。水波と穂波は別人だ。それは分かっている。理解している。穂波を救えなかった代償行為では断じてない、と思う。

 では何故、自分は水波を取り戻したがっているのか。分からない。

 

「(あぁ、そうか……)」

 

 

 達也は自分が何故、この問いかけを好ましくないと思ったのか、今更ながら気が付いた。自分の心が、理解できないからだ。自分が意味も分からないまま駆けずり回っていると、思い知らされたからだ。

 達也の行動には、常に目的があった。深雪の為に、という目的がはっきりしていた。彼は自分の意志で、深雪の現在と未来を守ろうとしているつもりだった。だが――

 

「(本当に? 本当は「自分の意志」など、自分には無いのではないか? 本当の自分は空っぽで、「深雪を守る」という与えられた課題で、空虚な器を埋めていただけではないのか?)」

 

 

 そんな疑念と、達也は向き合わされると感じているから、八雲や貢から投げ掛けられた問いを「好ましくない」と感じるのだ。

 

「八雲師匠にも、同じ事を問われました。それからずっと、考えています。ですが自分には、分からない」

 

 

 達也は正直に、その気持ちを貢に伝えた。ここで深雪を理由にしてはならないと、彼は何故か思った。

 

「……そうか」

 

 

 貢は、深く納得したような口調で頷いた。達也には理解できなかったことを、貢は理解している。そんな風に、達也には感じられた。




頭の固い現分家当主たちは達也を認められないのか?

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