劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2014 / 2283
いい大人が……


嫌いな理由

 達也の答えを聞いて一人で納得していた貢が、達也の事を正面から見詰める。基本的に貢が達也と話す時は視線を合わせないですることが多いのだが、今だけはしっかりと達也の目を見て話しかけてきたのだ。

 

「君には心が欠けていると、私は今まで思っていた」

 

 

 精神構造干渉の秘術によって、達也に感情が欠けているのは事実だ。だが貢が言っているのは、もっと違う意味だと達也は感じた。

 

「どうやらそれは、私の思い違いだったようだ」

 

 

 しかし、貢が何を言っているのかその内容までは、達也に理解出来なかった。「心を持たぬ者に、迷いはない」という、貢が口にしなかったセリフを聞き取るには、達也はまだまだ人生経験が足りなかった。

 

「達也君。私は、君が嫌いだ」

 

「存じております」

 

 

 口にしなかったセリフの代わりに、いきなり叩きつけられた、貢のむき出しの感情。達也に動揺は無かった。知っていたというのは、彼の強がりではなく事実だった。だが、嫌われている理由を完全に理解していたとは言えなかった。

 

「課せられた務め、背負わされた定めを力尽くで乗り越えていく、いや、蹴り倒していく君の生き方は、務めと定めに生きる我々のような人間にとっては『馬鹿にするな!』と言いたくなるものだ」

 

「……馬鹿にしているつもりは、ありませんが」

 

「分かっている。絶対的な破壊の力を持って生まれた君に、一人では世界に到底抗い得ないひ弱な凡人の心情は理解できまい。世界を思うがままに蹂躙できる力を持たされた君の心情を、私が理解できぬように」

 

「………」

 

 

 困惑が、達也から言葉を奪う。貢は達也を睨みつけ、小さく息を吸い込み、憎々しげに吐き出した。

 

「私は君の為になど、指一本動かしたくない――私自身の指は」

 

 

 達也は「そうですか」とは応じなかった。それはこの場に、相応しいセリフではないように思われた。

 

「だから……、私自身のものではない手を貸そう」

 

 

 そう言って貢は左手を顔を高さに挙げた。木の陰から、黒服の集団が現れる。一本の木の陰から、一人の黒服が。九本の木の陰から、九人の黒服が。

 

「藤林長正の身柄は、彼らに任せたまえ」

 

「――分かりました」

 

 

 達也は意外感に打たれていた。黒服の登場に、ではない。貢が、真夜に命じられていないにも拘わらず、自分に助力を申し出たことに対して。

 

「それからこれは、亜夜子と文弥に頼まれていたことだが」

 

「何でしょうか」

 

「『九島光宣の逃亡先を達也さんに教えてあげて欲しい』だそうだ。特に亜夜子は、桜井水波のことを大層心配していた。ここで黒羽家が君に手を貸すのも、亜夜子に懇願されたからだ」

 

「………」

 

「九島光宣の最終的な目的地は分からん。だが今は、小田原に向かっている」

 

「ありがとうございます」

 

「君の感謝は、子供たちに伝えておこう」

 

 

 そう言って貢は、達也に背を向けた。達也は貢の背中に一礼して、林の外に駐めてある電動二輪『ウイングレス』へと駆け出した。

 

「ボス、少しは素直になったら如何です?」

 

 

 達也の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、黒服の一人が貢に話しかける。

 

「何のことだ」

 

「どれだけ憎んでいると言っても、彼は本家の次期当主で、お嬢の婚約者なのですから。少なからず彼に力を貸すことに抵抗はなくなっているんじゃないんですか?」

 

「そんな事はない。彼にも直接言ったが、私は彼のことが嫌いだ」

 

「その理由はさっき聞きましたが、要するにボスは彼のことが羨ましいってことじゃないんですか? 定めに縛られることなく、自由に動くことができる彼が」

 

 

 黒服の言葉に、貢は何か言い返そうとして口を開き――何も言えない自分に驚く。別に達也のように生きたいと思った事はない。考えたこともなかったが、何故達也の事を嫌っているかを改めて考えると、黒服が言ったような理由があったのかもしれないと気づかされたからだ。

 

「お嬢や若が彼のことを認めているのが気に入らないとか、四葉家の魔法師として必要な魔法力を有していないとか、色々と理由をあげていましたが、結局は嫉妬だったんですね」

 

「無駄口を叩いてる暇があるなら、さっさとこの惨状をどうにかするように動け」

 

「既に動いてますって。というか、どうやったらここまで的確に神経を狙えるんですかね? しかも命に関わるかもしれないってのに、高校生が眉一つ動かさずに」

 

「彼はそういう風に『創られた』魔法師だからな。もしまともな感情が残っているのであれば、婚約者の父親をここまで容赦なく仕留めることはできないだろう」

 

「そんなもんですかね」

 

 

 黒服は興味を失ったように貢の言葉に応え、自分の持ち場に戻る。そんな黒服を見送り、周りに他の黒服の気配が無いことを確認してから、貢はもう一度自分に言い聞かせるように口を動かす。

 

「達也君が眉一つ動かさず藤林長正をヤッたのは、彼に『婚約者の父親』だという考えが無いからだ。私のように『血縁者』だろうが容赦なく、彼は仕留めるだろう」

 

 

 ある意味長正と同じ立場である貢は、もし自分が達也と敵対したとしても容赦しないだろうと思っている。亜夜子や文弥が達也のことを止めたとしても、達也は敵対する自分を確実に仕留めるだろうと、貢は改めて達也の危険性を心に刻んだのだった。




要するに嫉妬してるだけ、と……

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