劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2016 / 2283
彼女の忠誠心と恋心は本物


ほのかの抵抗

 美月の誘拐に失敗したホースヘッドの隊員は、エリカたちより一足早く自分たちのアジトに到着していた。ヘンリー・フーが美月誘拐チームの三人を代表して、分隊長のアル・ワンに作戦失敗の顛末を報告する。それを聞いた他の隊員から、三人を嘲る声は上がらなかった。

 

「隊長、作戦を変更すべきではありませんか?」

 

 

 ヘンリーの話を聞き終えた後、ほのかを誘拐してきた女性隊員のジュリア・マーが分隊長のアルにそう進言した。

 

「ターゲット側の対応速度が、私たちの予想を遥かに上回っています」

 

「偶然じゃないの? 事前にこっちの動きを読んでいたのなら、光井ほのかを一人にはしないでしょ」

 

 

 ほのか誘拐に携わったもう一人の女性隊員、エリー・チャオが口を挿む。

 

「邪魔をされたという事実を軽視すべきじゃない。そもそも事前に調べた限り、柴田美月は一人で登下校しているはずだった。彼女にエスコートが付くなんて情報は無かった」

 

 

 エリーの指摘に、ジュリアが反論する。ホースヘッド分隊が美月のことを調べている間、幹比古が美月を家まで送るというシチュエーションは無かったのだが、それは偶々のことであり、幹比古は結構な回数美月を家まで送っている。単純にホースヘッド分隊の調査不足が招いた結果とも言えなくはないが、実際は四葉家からきな臭い情報を得ていたエリカが、半強制的に幹比古を美月のナイトに指名したのだが、そのことをホースヘッド分隊の人間は知りようもなかった。

 

「それも偶然かもしれないじゃない」

 

「エリーの言う通り、偶然かもしれない。だが偶然こちらに不都合な状況が生じたというなら、ジュリアの指摘通り、それを無視するのは賢明ではないな」

 

 

 エリーの再反論に続いて、アル・ワンが二人の主張を両方認めた。ただ彼は、日和ろうとしたのではない。

 

「作戦は人質を二人確保することを前提に立てられていた。一人しか確保できなかった以上、ジュリアの言うように変更は避けられない」

 

「人質が一人でも、誘き出すことはできるのでは?」

 

 

 誘拐ミッションに参加していないドン・ヤンが疑問を呈する。

 

「人質が一人じゃ、その場で奪還されてお終いだろう。ターゲットの抵抗を封じる為には、人質を殺せないんだから。誘き出す為の人質と大人しくさせる為の人質。やはり人質は二人以上必要だ」

 

 

 ほのかを誘拐してきた三人目、フランク・ウーがドン・ヤンに反論する。分隊長の判断を支持するその意見に頷いたのは、最初に作戦変更を言い出したジュリアだけではなかった。

 

「で? 隊長、具体的にはどうするんだ?」

 

「光井ほのかをブービートラップにして送り返す」

 

 

 副隊長格であるバード・リーの問いかけに、アル・ワンは「分かり切ったことを」と言わんばかりの口調で答えた。

 ホースヘッドのメンバーが自分の使い方について相談している横で、ほのかは無表情にじっと座っていた。彼女はアル・ワンが魔法で調合した薬によって意識を麻痺させられている。眠ってはいないが、目覚めてもいない。そんな状態だ。耳は声を認識しているが、それに対して能動的な思考ができない。洗脳に対する抵抗力はゼロに等しくなっている。そんなほのかに、アル・ワンは手慣れた様子で暗示を刷り込み始めた。

 

『司波達也を殺せ』

 

 

 細かい条件を省略すれば、暗示の内容はこの一言に尽きる。ほのかは、抗えないはずだった。

 

「……い、や……」

 

「なに?」

 

 

 ほのかが発した呟きを理解できなかったのは、アル・ワンだけではなかった。バード・リーも、チャーリー・チャンも、外の警戒にあたっているゲイブ・シュイとイギー・ホーの二人を除く、この場に立ち会っている全員が訝し気な目をほのかに向けている。

 

「達也さんを……殺す、なんて……できない……」

 

「ジュリア、薬を追加しろ」

 

 

 あるはずのない抵抗に、アル・ワンはすぐさま落ち着いた口調でこう命じた。これ以上の薬物投与は、回復不能な後遺症をもたらす恐れがある。そんな冷酷な命令に反対した者はいない。躊躇いを示した者もいない。ジュリア・マーが圧力注射器に薬液をセットして、ほのかの横に歩み寄る。

 しかし注射器が押し付けられる前に、ほのかが薬物の影響下で取れるはずがない、激しい反応を見せる。

 

「嫌よ! 達也さんに手だしさせない!」

 

 

 彼女はカッと目を見開き、喉も裂けよと絶叫した。それは、エレメンツの血がもたらした忠誠心によるものか。それとも、恋心が引き起こした奇跡か。

 彼女が閉じ込められている部屋が、光の洪水に呑み込まれた。無秩序な色彩の光がホースヘッドの視界を埋め尽くす。その光には、人体を破壊する効果は無かった。暗示効果も、意識を奪う効果もない。ただ乱舞する光が全ての影を消し去り、視力を役立たずなものへと変えるのみだった。

 

「全員、この部屋から退避!」

 

 

 彼らが隠れ家に選んだのは、二年前までサテライトオフィスとして使われていた平屋のプレハブ建物。ホースヘッドの八人はその会議室から一斉に、隣の執務室へ移動した。最後に会議室から出てきたバード・リーがドアを閉めて光を遮断した。




あんまり目立たないけど、ほのかも実力者

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