劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2018 / 2283
情報網としか使えない……


敵の正体

 ほのかの無事が確認できて、ようやく周りに目を向ける余裕ができたのか。エリカは救出部隊の兵士が仲間の死体を運ぶ光景に眉を顰めた。

 

「随分やられたんだな……」

 

 

 呟いたのはレオだ。彼もエリカと似たような表情で死者に目を向けていた。レオのセリフは問いかけではなく独り言だったが、つかさは神妙な顔で「そうですね」と応えを返した。

 

「応戦したのはたったの二人。にも拘らず、こちらの被害は四人で、負傷者はその倍以上。シールドは張ってあったんですけどね。少々、自信を無くしてしまいました」

 

「貴女、師補十八家の人なんですってね。それも、シールド魔法のエキスパートなんでしょ? そんなに手強い相手だったの?」

 

 

 エリカたちは遠山つかさの正体を、伊豆の事件の直後、深雪から「無茶をしないで」というお叱りの言葉と共に聞かされている。またそれがなくても、つかさが張る個人用シールドの強度は対戦してみて、ある程度理解していた。

 伊豆の時は林の中という地形を活かした奇襲で、エリカたちはつかさが率いる部隊を無力化した。結果だけを見れば楽勝だったかもしれないが、もし視界が開けた場所だったら、あんなに簡単にはいかなかっただろうとエリカは考えている――それでも、負けるとは思っていないのだが。

 ここは建物という遮蔽物はあるにせよ、林の中に比べれば奇策を弄する余地は少ない。それに奇襲と言うなら、国防陸軍の方が奇襲を掛けた側であったはずだ。守備側二人に対して四人の犠牲者というのは、多すぎるようにエリカには思われた。

 

「手強いのは予想していたのですが、まだまだ読みが甘かったようです。さすがはイリーガルMAP……その悪名は、伊達ではありませんでした」

 

「イリーガルMAP? それがあいつらのチーム名なの?」

 

「USNAの、魔法師で構成された非合法工作部隊です。一説によれば新ソ連軍の重要人物を彼らが暗殺し過ぎた所為で、USNA軍と新ソ連軍が深刻な局地戦に突入したとか。その件が米軍内部でも問題視されて、粛清されたとも聞いていたのですが」

 

「ヤバい奴らだったんだな……」

 

 

 レオの呟きに、つかさは「ええ、そうですよ」と応じる。

 

「あなた方も一戦交えてきたようですが、犠牲者が出なかったのは幸運でした。あまり派手な真似をすると本来の目的に差しさわりがあるので、撤退を優先していたのでしょうね」

 

「本来の目的って?」

 

「司波達也の暗殺」

 

 

 エリカの問いかけに、つかさはあっさり答えた。これにはエリカの方が面食らってしまう。

 

「ホースヘッド分隊は――ああ、これは今回我が国に派遣されたイリーガルMAPの部隊名ですが、彼らは司波さんに自分たちの実力を知られたくなかったのではないでしょうか。手強いと思われたら、人質を取っても誘き出されてくれないかもしれませんから」

 

「光井を攫ったのも、美月を狙ったのも、達也を誘き出す人質にする為だったのか?」

 

「私たちはそう考えています」

 

 

 レオの質問にも、つかさは誤魔化さずに頷く。

 

「皆さんの実力は承知していますが、本気のイリーガルMAPを相手にして無傷で済むとは思わないでください。できれば追跡は私たちに任せて、SMATにも手を引いてほしいのですが」

 

 

 これを言いたいが為に、つかさはエリカとレオの疑問に答えていたのだろう。

 

「では、失礼。私たちは残存工作員の追跡に移ります」

 

 

 つかさはこう言って敬礼し、エリカたちに背を向けて仲間と合流する。オープントップの軍用車で去って行く陸軍士卒を見送りながら、エリカは何時の間にか隣に来ていた東海林に話しかける。

 

「陸軍はああいっているけど、SMATはどうするの?」

 

「相手が何者であろうと、国内の犯罪は警察の管轄です。軍に手を引けと言われては、余計に引き下がれませんな」

 

 

 東海林は唇の端に、千葉道場の人間らしい不敵で人を食った笑みを浮かべた。

 

「エリカお嬢さんは、被害者をご自宅まで送っていただけますか。事情聴取は明日以降で結構ですので」

 

「分かっ――」

 

「それはこちらで引き受けますので、千葉様たちも念の為に病院へお向かいくださいませ」

 

「誰っ!」

 

 

 全く気配を感じなかったのにもかかわらず、背後から声を掛けられエリカはすぐさま臨戦態勢を取る。だが相手から殺気など一切感じず、それでいて自分を敬うような口調だったので即時攻撃は仕掛けなかった。

 

「私は達也様の執事、花菱兵庫と申します。深雪様に命じられ光井様の救出にやってきたのですが、皆さんお早い到着で出番がなくなってしまいました。ので、こちらの処理と、光井様の病院の手配、千葉様、西城様の診察費などは四葉家が負担いたします」

 

「達也の執事? 聞いたことねぇな……」

 

 

 エリカと東海林が兵庫の実力を測ろうと観察するなか、レオだけが物怖じせずに兵庫に話しかける。

 

「主に運転手などを担当しておりますので、皆様と顔を合わせることはございませんでしたので。ですが、今ここにいるのは深雪様の命令というのは嘘偽りございません。千葉様からご連絡いただいてすぐ、深雪様がこの場に駆け付けようとしたのを、僭越ながら御停めしまして、深雪様の名代としてこちらに赴いた次第でございます」

 

「深雪ならあり得そうね」

 

 

 意外と猪突猛進なところがある深雪なら、自分が駆けつけても不思議ではないと考え、エリカは漸く警戒を解いたのだった。




兵庫さんまさかの遅刻

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