劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2020 / 2283
七賢人というかアイツですけどね


七賢人の思惑

 イリーガルMAPの隊員にとって最も重要視される作戦遂行上のルールは「現地当局の手に落ちてはならない」である。自分たちがUSNA政府の指示を受けて犯罪行為、テロ行為を実行しているということだけは、隠し通さなければならない。

 アメリカとの繋がりを示す物件を一切所持していなくても、生きたまま捕まれば自白を強要される。自白しなくても、脳から情報を抜き取られる。死者の脳からでもある程度の情報は読み出せるから、自害するなら自分で脳を吹き飛ばさなくてはならない。

 遠山つかさが率いる陸軍情報部防諜部隊の急襲を受けて逃亡が不可能な状況に陥ったゲイブ・シュイとイギー・ホーは、自殺用の小型爆薬で自らの頭部を爆破した。だが自爆は最後の手段だ。その前に、捕まらない為の逃走経路確保が欠かせない。

 ゲイブとイギーを除くホースヘッド分隊の八人は、貨物搬送用の地下チューブを使って陸軍情報部の包囲から抜け出した。だがまだ、安心できる状況ではない。ホースヘッドのアル・ワン隊長は、自分たちを追跡している、少なくとも二つのチームを確認していた。作戦は破綻したが、今は追手を振り切ることが優先される。

 地下チューブを使ったのはせいぜい一分、距離にして一キロメートル前後。移動には魔法を使っているから、それを探知された可能性もある。ホースヘッド分隊の生き残りは隊長の指示を待たず、次々とヘリに乗り込んだ。

 逃走用に目を付けていたヘリは某報道機関の物。実を言えばこの場所は、大手新聞社の支局だ。この新聞社がイリーガルMAPとグルになっている、という裏事情は無い。事前の調査で、ここに置かれているヘリは極めて稼働率が低いと分かっていた。それを当てにしての逃走ルートだった。

 無論「稼働率が極めて低い」であって「全く稼働していない」わけではない。ここで確実にヘリコプターを確保できる保証は無かった。運悪くヘリが出動中の時は、また別の乗り物を奪う予定だった。運不運の程度で判定するなら、今回は「悪くはなかった」ということになるだろう。

 操縦席に座ったバード・リーが、すぐさま離陸手順に入る。アル・ワンは軍用無線、警察無線を傍受しようと、通信機能に特化した携帯端末をウエストポーチから取り出した。受話器を左耳にはめ、まずは暗号解除が容易な警察無線に周波数を合わせる。しかし、警察の交信が耳に入ってくるより早く、小さな端末にメッセージの着信サインが点った。

 小型端末の細長いディスプレイに表示された送信元はUSNA海軍だ。思いがけない通信にアル・ワンは眉を顰め、胸ポケットから汎用のスマートグラスを取り出して顔に掛ける。通信端末をスマートグラスのツルに押し付けることで接触通信によるペアリングが自動で完了し、目の前にメッセージが表示される。

 飾りが一切ないテキストのメッセージに目を通し、アル・ワンはスマートグラスの下で目を見張った。

 

「お前は何者だ!?」

 

 

 アル・ワンの詰問がマイクから通信端末に流れ、自動でテキストに変換されて送信される。回答は、すぐに返ってきた。

 

「七賢人だと? 七賢人が何故、司波達也の情報を我々に流す?」

 

 

 アル・ワンの声が聞こえていた部下の全員が振り向く。『七賢人』のことは監獄に隔離されていたイリーガルMAPにも、要注意勢力として通知されていた。

 

「……分かった。今は信用してやる」

 

 

 アル・ワンは乱暴に受話器のスイッチをオフにすると、スマートグラスを掛けたまま目を操縦席に向けた。

 

「バード、鎌倉から小田原に向かうフリーウェイに沿って西に飛べ。その道路上に司波達也が現れる」

 

「了解」

 

 

 バードは余計なことは言わず、アルと必要以上の会話をしようともせず、新しい飛行ルートを航空ナビに設定した。

 だが残りの六人が全員バートと同じような反応をしたわけではなく、アル・ワンの右隣に座っていたエリー・チャオが遠慮のない口調でアルに尋ねる。

 

「隊長、七賢人は何て?」

 

「『ホースヘッド分隊に与えられた任務は、司波達也を暗殺することだろう。他のことを気にしている余裕はないはずだ』」

 

 

 アル・ワンは、回答として受け取ったメッセージをそのまま読み上げることで、エリーの質問に答えた。

 

「癪に障るが、七賢人が指摘した通りだ。この際、情報の信憑性は無視すべきだろう」

 

「罠だったらどうします?」

 

「食い破るだけだ」

 

 

 上昇を始めたヘリの中で重ねて問うエリー・チャオに、アル・ワンは、強い語気でそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣を迎え入れる為の船の中で、七賢人の一人であるレイモンド・クラークは誰にも見られないように笑みを浮かべた。

 

「ホースヘッド分隊程度で達也を殺せるとは思えないけど、多少の足止めにはなるだろう。その間に光宣を迎え入れて、この国から離れれば僕たちの勝ちだ」

 

 

 ホースヘッド分隊のことなど捨て石にしか思っていないレイモンドは、USNA軍の特殊工作員が何分耐えられるかにだけ興味を持ったが、それを確認しようとは思っていない。どうせ長い間は耐えられないのだから、下手に観察していたら達也に見つかる可能性を考えてのことだった




レイモンドにもなめられるホースヘッド……

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