劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2022 / 2283
哀れなり……


ホースヘッド分隊の最期

 ヘリの側面から顔を出して双眼鏡と暗視装置を魔法で代用していたチャーリー・チャンが、キャビン内部に向かって叫ぶ。

 

「発見しました!」

 

 

 チャーリー・チャンの反対側の席に座っていたアル・ワンが、ドアを後方にスライドさせ、半身を機外に突き出して国防軍から奪ったアサルトカービンを構えた。

 

「バート、高度を落として接近しろ!」

 

 

 風の音に負けないように、アル・ワンが怒鳴る。交戦中に奪った物だから、予備の弾倉は無い。アサルトカービンの他に攻撃手段が無いわけではないが、敵の反撃を封じる意味からも、確実を期するべきだった。

 

「了解!」

 

 

 同じように怒鳴り返して、バート・リーが機首を下げる。アル・ワンは、照準スコープの中に黒尽くめのライダーの姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 小田原駅からおよそ十分、高速道路上を約二十キロを進んだところで、達也は東から近づいてくるヘリの音に気が付いた。明らかに自分へ向けられた視線を直感で感じ取って、『精霊の眼』を向ける。大和市と綾瀬市の境界付近から鎌倉経由で飛来した報道用ヘリ。ただし乗っているのは、戦闘魔法師である。

 その情報を読み取ったのと、自分に向けられた銃口を察知したのは、ほぼ同時だった。達也はカウルに身を伏せ、前輪を大きく浮かせてバイクを上空のヘリへ向けた。

 銃声はしなかった。かなり高性能のサプレッサーを使っているのだろう。だが着弾の衝撃はあった。電動バイク『ウイングレス』の前面カウルに弾かれたアサルトカービンの小口径高速弾が周囲に散らばる。幸い、跳弾が届く範囲に他の車両は無い。

 このままでは転倒不可避というところまで前輪を持ち上げた『ウイングレス』は、そのまま達也の魔法で空中に舞い上がった。銃撃がバイクの下を虚しく通り抜け、道路の舗装を砕いて跳ねる。

 達也は『ウイングレス』をそのまま急上昇させ、前後輪を同時にヘリへ叩きつけた。キャノピーにひびが入り、ヘリが大きく揺れる。バランスを崩したヘリが急降下し、墜落直前で何とか姿勢を立て直した。そこから再上昇する報道機関所有のヘリ。中に乗り込んだ暗殺部隊の戦闘魔法師から攻撃を受ける前に、達也は空中を全力で遠ざかりながら魔法を発動した。

 ヘリが、巨大な火球に変わる。破片は、飛び散らなかった。ヘリを粉微塵にしたのは達也の分解魔法『雲散霧消』。火球が生じたのは機体の材料に含まれていた自然発火性物質が燃焼し、その熱で可燃性物質が連鎖的に引火したもので、燃焼のプロセスは比較的緩やかに進行した。その為、火球の規模に対して爆風は小さく、発生した高度もあって高架道路を破損させることはなかった。

 だが日没間際の曇り空に、突如生じた火球は人々の度肝を抜く物だった。時刻はまだ午後七時前。平日の七時前だ。高速道路を行き交う自走車は、上りも下りも少なくなかった。

 最初の銃撃で既に車の流れは止まっていたが、突如発生した火球によって、ドライバーはパニックに陥っていた。車を捨てて高架道路上を徒歩で逃げ惑う人々。だがそのお陰で、現場に一般人を巻き込むことが無かったのは、不幸中の幸いと言うべきだろう。

 達也を乗せた飛行バイクが道路上に着地する。火球の中から八つの人影が飛び出してくる。四つの焼死体と、炎に耐えた四人の魔法師。

 達也は『ウイングレス』を停めて、シートから飛び降りた。相手が遠距離攻撃手段を持っていないとは限らない。バイクに乗ったまま背中を曝すリスクを負うより、多少時間を消費してもここで斃しておくことに決めたのだ。

 四人の魔法師派いずれも三十代後半から四十代前半。三人は男性、一人は女性。達也は彼らのエイドスに記載された個人属性を読み取ることはしなかった。彼が読み取ったのは、四人の魔法師が構築しようとしている魔法式の情報と、四人の肉体の構造情報。

 スーツにセットされた完全思考操作型のCADではなく、腰のホルスターから拳銃形態の特化型CADを抜いてアサルトカービンを構えた魔法師に向ける。

 四人の魔法師が魔法の発動態勢に入る。達也は構わず、CADの引き金を引いた。愛用のCAD『トライデント』が、三連分解魔法『トライデント』の起動式を出力する。読み込みも、魔法式構築も、一瞬だった。かかった時間は、CADの作動時間とほぼ等しい。彼は同時に、四つの三連分解魔法を発動した。

 四×三の魔法プロセスが一瞬で走る。四人の戦闘魔法師、その体内と体外に形成されていた事象干渉力の力場が霧散し、肉体を守る情報強化の鎧が剥がれ落ち、肉体が元素レベルに砕け散る。小さな炎が瞬いて消える。人体を構成していた自然発火性物質が一瞬で燃焼した結果だ。人体焼失の外見を呈するその現象の真実は、人体消失。三連分解魔法『トライデント』。男性三人、女性一人。達也の魔法は――達也は、男性も女性も区別しなかった。

 火球に耐えた四人の魔法師は一瞬でその存在をかき消され、後には四つの焼死体が残った。二人で陸軍情報部諜報部隊に多大なる損害を与えたUSNAイリーガルMAPホースヘッド分隊は、八人がかりで、達也一人を相手に三分持たなかった。達也によって、三分未満で殲滅された。




エリカたちや国防軍たちが苦戦した相手が三分未満とは……

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