劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2023 / 2283
決意してても不安は残る


最後の逡巡

 けたたましいサイレンの音と共に、西側から装甲車両が近づいてくる。パニックで路上に放置された自走車を押し退けながら進む、機動隊の特型警備車だ。それが、二台。

 達也はCADをホルスターに戻し、電動二輪『ウイングレス』に駆け寄った。モーターを始動させ、車体を一気に加速させる。こんなところで警察に付き合って時間を浪費することは、今の達也にはできなかった。だからといって、警察の車両を魔法で分解するのは、後々のことを考えると憚られる。このバイクのナンバープレートは当局に登録した正規の物だ。登録内容には、間接的にではあるが達也に繋がる情報が含まれている。

 彼はスーツ内蔵のCADを思考で操作した。『分解』の魔法を組み上げ、前方に向かって放つ。八百メートルにわたって高速道路、一般道路の監視用カメラが断線し、機能を停止する。続いて、飛行魔法を発動。達也は車体を跳躍させ、高架下の一般道路に降りる。

 達也はハンドル中央のコンソールに設けられたスイッチの一つを操作した。車体に変化が生じる。カウルの色がブラックからディープブルーに変わり、ナンバープレートが書き換わった。

 高架高速道路の建設により通行量が減った旧バイパスを、それでもたびたび前方に現れる自走車の横をすり抜けながら、達也を乗せたバイクが東へ向けて疾走する。途中から高速道路に乗り直し、達也は追跡を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也に振り切られた形になった機動隊の特型装甲車は、警察本部へ追跡依頼を出すが、返ってきたのは「追跡不可能」の答えだった。

 

「どう思います?」

 

「テロリスト同士の抗争という話だったが、随分と一方的な結果だとは思う。というか、本当にテロリスト同士の抗争だったのかも疑わしい」

 

 

 この機動隊隊員たちは、バイクに乗った男をヘリが襲う場面を見ている。だが墜落したと思われる場所にはヘリの破片はおろか、墜落したという形跡すら見受けられず、その場所に落ちているのは四つの焼死体のみ。

 

「一応回収しておいた方がいいだろう。このままでは道路封鎖が解けない」

 

「そうですね。ですが、これだけ派手に燃えたのに、周辺にその痕跡がないとは……」

 

「魔法師同士の戦いだった事には違いないのだから、そういうこともあるんじゃないのか? 詳しいことは魔法師に聞けば分かるだろう」

 

 

 この隊員たちは魔法師ではないのか、それだけでこの不可思議な現象を片付けてしまった。もし魔法師の隊員がいたならば、この程度ではすまなかっただろう。

 

「それよりも一瞬で街路カメラが使えなくなった方が問題だろう」

 

「追跡されたくない理由があるのだろう。後日所有者に事情を聞く必要があるな」

 

 

 バイクの持ち主は特定できているので、取り急ぎこの場を片付けて後日出頭させようと、隊員たちはそれだけ決めて焼死体四つを特別装甲車に積み込み、この場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個型電車が横須賀に到着する。プラットホームに降りた光宣は、達也の現在位置を確かめたいという誘惑を苦労してねじ伏せた。今ここで『精霊の眼』を達也に向けたなら、『仮装遁甲』が破れてしまう可能性が高い。まだ逃走は完了していないのだ。最後まで気を抜くべきではなかった。

 水波が個型電車から降りてくる。彼女は俯いていた顔を北に向け、またすぐに俯いた。彼女の意識は、自分を追いかけてきている達也の上ではなく、調布の方角。深雪が既に帰宅しているはずのマンションだった。

 

「(達也さまが私を追いかけてきているのは、深雪様が私を許さないと仰ったから? それとも、僧都さまが仰られたように、達也さまと深雪様が私のことを必要としてくれているから?)」

 

 

 水波が何を考えたのか、光宣は尋ねるまでもなく覚った。彼女が今までの生活に、達也や深雪と共に暮らした日々に未練を残しているのは明らかだ。

 

「(このまま彼女を連れて行っても良いのか?)」

 

 

 光宣の中に、迷いが生じる。今更、このタイミングで……と、彼は声にも無く自らを嘲笑う。それでも、考えずにはいられない。水波には、日本から逃げ出す必要などない。米軍が水波の身柄を丁重に扱うとは限らない。日本を出たならば、彼女の味方は光宣だけとなる。米軍は水波を人質にして、光宣を支配しようとするかもしれない。それどころか、達也を抹殺する為に利用しようとするかもしれない。

 自分の気持ちを度外視すれば、水波と個々で別れる方が彼女の為だ――光宣はそう思わずにいられなかった。

 

「水波さん――」

 

「はい」

 

 

 光宣の声に、水波は俯いたまま、目を合わさずに返事をする。

 

――ここに残るかい?

 

――ここで別れよう。

 

 

 光宣の喉元までせりあがったセリフ。だが彼は離別を告げられなかった。彼が口にした言葉は、同行を促すものだった。

 

「――行こうか」

 

「……はい」

 

 

 水波が頷く。歩き出した光宣の後を、水波が離れずついてくる。

 

「(これでいい。彼女が頷いてくれたのだから)」

 

 

 光宣は自分に、そう言い聞かせた。そして改めて、水波は自分が必ず守ると、己自身に誓いを立てた。光宣は水波を誘導して、横須賀軍港に向かった。




水波の考えに気づけない光宣
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