劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2025 / 2283
サイコパスの合流


二人のお迎え

 個型電車の駅から横須賀軍港のゲートまでの距離は、道なりで約四百五十メートル。不動産業界の計算方法で徒歩六分。光宣と水波はその道のりを十分かけて歩いた。

 その歩調は、迷いの証だ。光宣も水波も、迷いを抱えていた。このまま進んで良いのかと、二人とも迷っていた。

 

「(水波さんに黙っているままで良いのだろうか)」

 

 

 これが光宣の迷いだった。

 

「(光宣さまに黙っているままで良いのでしょうか)」

 

 

 これが水波の迷いだった。

 二人とも、相手を騙しているのではないかという罪悪感を懐いていた。光宣は、米軍が水波を人質として利用しようとするのではないかと予測して、それを黙っていることに対して。水波は、八雲から「光宣についていくのは達也と深雪の為になる」と唆されて、それを黙っていることに対して。

 途中、何度も打ち明けようとして、二人ともその度に口を噤んでしまう。二人はお互いに打ち明けられないまま、横須賀軍港のゲートにたどり着いた。

 ゲートでは国防軍の係員の他に、USNA海軍の下士官が立っていた。いや、下士官の軍服を着た少年だ。

 

「やぁ、光宣。迎えに来たよ」

 

「レイモンド。君が?」

 

 

 二人を迎えに来たのはパラサイトの一人、レイモンド・クラークだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が飛行魔法で空に舞い上がろうとした瞬間、上と下が逆転した。彼は夜空の雲を見下ろして立ち、頭上には滑らかに舗装された高速道路が走っていた。合理的に考えれば、幻覚だ。

 自分を一瞬で幻覚に捉えた技量に強い警戒を覚えつつ、達也は幻影を破る為に飛行魔法を中断し『術式解散』の準備に入った。しかし、彼が飛行魔法を中断した途端、逆転した世界が正常に戻る。

 

「(この幻術の手触りは、やはり……)」

 

 

 達也は明確に定義できない魔法の特徴、雰囲気のようなものを「手触り」と表現した。言葉はこの際、重要ではない。問題はこの幻影の魔法に、覚えがあることだ。

 達也は飛行魔法を発動した。今度は発動直前での中断ではない。実際に重力制御を作用させる。ただし、足は地面につけたままで。そして再び、発動の直前で天地が逆転した。

 飛行魔法は重力のベクトルを改変することで、任意の方向に落下するもの。仮に達也の身体が空中にあったなら、彼は方向を見失って飛行魔法を制御できなくなっていただろう。靴底から伝わってくる舗装道路の感触があるから、達也は自分の上下左右を見失わずに済んでいる。

 

「(方向感覚への干渉という点では『鬼門遁甲』と同じ。同じ源流を持つ技術が『忍術』にも取り入れられているのか?)」

 

 

 達也を空に行かせないのが幻術の狙いなら、この状態はその目的を果たしていることになる。だが飛行魔法が発動中だから、幻術を解除することもできない。達也は今も幻影を生み出している魔法式を読み取り、発動プロセスの履歴から魔法が放たれた場所を特定する。

 達也は飛行魔法を終わらせると同時に、『術式解体』を放った。自分自身に魔法を掛けていない魔法師に『術式解体』を放っても、魔法を解除する効果はない。だが隠れている相手をいぶり出す効果はある。高圧の想子流は、人間が纏う想子の場を揺るがせる。揺らぎは気配の乱れとなって周囲の空間に波及する。術者が移動しながら幻術を使っていた場合は『術式解体』も単なる無駄撃ちに終わっていたが、どうやらこの相手は徹底的に隠れるつもりが無かったようだ。

 痩身僧形、馴染みの顔が、達也の前に姿を現す。達也を阻んだ幻術の術者は、やはり彼が「師匠」と呼ぶ、九重八雲だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣と水波を乗せレイモンドが運転するオープントップの自走車は、横須賀海軍基地をゆっくり走っていた。

 

「レイモンド。君が入国して、大丈夫だったのかい?」

 

「大丈夫って?」

 

 

 既に夜七時過ぎということもあり、基地の道路を行き来する人影は少ない。会話するのに、他人の耳を気にする必要はなかったのだが、光宣の質問に対してレイモンドは恍けてる様子もなく問い返した。

 

「大阪で警察に追いかけられていただろう? まだ手配は解けていないと思うけど」

 

「ああ、そのこと。基地から出なきゃ、問題にならないんじゃないかな」

 

 

 横須賀海軍基地は米軍も利用できるというだけで、日本の法令が適用されない治外法権の地ではない。だが軍の基地内に警察の捜査権が及びにくいのも事実だ。国防軍と警察の力関係をよく知らない光宣は「そんなものか」と納得するしかなかった。

 

「光宣の方こそ、よくここまでたどり着いたね。達也に追い掛けられなかったの?」

 

「追い掛けられてたよ。多分、今も追いかけられている」

 

 

 ニヤニヤしながら尋ねてくるレイモンドに、光宣は素直に答える。

 

「達也さんが次の瞬間、僕たちの頭上に現れても、僕は不思議に思わない」

 

「基地の上空に? いくら達也でもそこまでするかなぁ……」

 

 

 レイモンドは一旦、頭を振ったがすぐに言を翻した。

 

「……いや、達也ならやりかねないか。じゃあ、急がないとね」

 

 

 そう言いながら、レイモンドは自走車のスピードを上げなかった。光宣とレイモンドが会話している間、水波は光宣の隣で口を閉ざしたままだった。レイモンドも、水波に話しかけようとはしなかった。




達也ならできるんですがね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。