追跡を妨害してきた相手は、達也が強引に振りきれる相手ではないので、彼はとりあえず追跡を諦め妨害者に声をかける。
「師匠、どういうおつもりですか」
達也の第一声が弾劾調になっているのは、この場の経緯を考えれば無理もないと言えよう。彼は警告もなしに、幻術による攻撃を受けたのだ。
「まぁ、そう怒らずに。少し話をしようじゃないか」
八雲には、まともに答える意思がない。そう判断した達也は、飛行魔法で水波の許へ飛ぼうとしたが、再び八雲の術が達也を妨げる。
「師匠! 貴方は、光宣に味方するつもりなんですか!?」
達也が語気を荒げるのも当然だ。八雲もそう思ったのか、唇から何時ものつかみどころがない笑みを消した。
「九島光宣と桜井水波嬢は、もう横須賀に着いているだろうね。もしかしたら、そろそろ船に乗り込んでいる頃かもしれない」
「だから急いでいるんです」
「何故?」
「なにっ?」
達也のセリフから、敬語、丁寧語が抜け落ちる。それくらい八雲の問いかけは、達也にとっては予想外のものだった。
「達也くん。何故、君は急いでいるんだい?」
「出航されたら面倒な事態になるからに決まっている」
「面倒になるから? でも君の行動は既に、大きな問題に発展しているよ」
「……っ」
達也が思わず舌打ちをする。彼本人にも、ここに来るまでに様々な問題が発生しているという自覚があるからだ。
「機動隊は君のことを探し回っている。国内の公道上で銃撃戦なんて、戦争中にも中々無かったことだ。その上ヘリが炎上し、焼死体が四つも放り出されている。警察にとっては、到底看過できる事態じゃない」
「………」
「西湖の手前で脱輪した車を放置したのもまずかったね。九島家の次男が警察に事情聴取されて、魔法協会は大騒ぎだよ。樹海の中で発生した火災を放置したことも。消防が大慌てだ」
「………」
「おっと。自分が引き起こしたわけじゃない、なんて言い逃れが通用しないことは、君自身がよく理解しているよね。今日だけのことじゃない。調布の病院前で戦闘用の自動人形が自爆して何匹もの妖魔が解放されてしまった騒動も。九島烈の死とそれによって生じた国防軍の混乱も、君と九島光宣の諍いが原因になっている。巳焼島に対する侵攻があそこまで派手な展開になったのも、水波嬢を巡る対立と無関係じゃない」
「……だから今、俺の邪魔をするというのか?」
「行かせてあげればいいじゃないか」
達也は八雲を消さないように、苦し紛れに詰問したが、八雲は眉一つ動かさず平然と答える。
「水波嬢はまだ、人間のままなのだろう? 九島光宣が彼女の意志を尊重している証拠じゃないか。彼は確かに妖魔だけど、水波嬢を害する存在ではない」
「水波が……パラサイトになっても構わない、と?」
「僕にはどうでも良いことだし、人を捨てるも捨てないも、彼女自身の意志だろう。君や深雪くんが口出しすることじゃない」
達也は奥場を強く噛みしめ、一度瞼を閉じて、カッと目を見開いた。
「九重八雲。俺の邪魔をするな!」
「いいや、邪魔させてもらおう。君はもう少し、僕に付き合ってもらうよ」
達也が勢いよく飛び立つ。だが八雲の幻術によって彼は十メートルも上がらぬ内に墜落し、地上に舞い戻ることを余儀なくされた。
光宣と水波は、自走車から小型艇に乗り移っていた。屋根のない、手漕ぎボートにエンジンと推進器が追加されただけのような代物だ。船尾に取り付ける、昔ながらのラダーと一体化したレバーをレイモンドが操る。
さすがにこの小型ボートで太平洋を渡るということはないはずだ。沖に、もっと大きな船が待っているのだろう。光宣はレイモンドの操艇を邪魔しないよう、声を掛けずにいた。しかし彼の気遣いに反して、口を開いたのはレイモンドの方だった。
「達也は間に合わなかったようだね」
「移乗する船は、もうすぐなのか?」
レイモンドのセリフが不吉なフラグのように感じられて、光宣は軽い焦りを覚えながら尋ねる。
「うん、もうすぐ……あぁ、見えてきた」
そう言われても、光宣には船体が確認できなかった。
「潜水艦……?」
光宣の隣で、水波が呟く。久しぶりに聞いた彼女の声に導かれて、光宣はもう一度海面を凝視する。そこには確かに、緩やかに歪曲したドームのような物が顔を出していた。
「あれか……?」
「よく分かったね。全水没型高速輸送艦『コーラル』。輸送用の潜水艦と表現した方が、やはり分かり易いかな」
「全水没型?」
「そう。造波抵抗を……いや、こんな話は乗り込んでからにしよう」
レイモンドはスピードを落とさず、エンジンユニットを前に倒すことで推進器とラダーを水中から持ち上げた。ボードが輸送用潜水艦の背中に乗り上げる。近づいてみてようやく見える細いポールをレイモンドが掴んだ。それが合図だったのか、歪曲した船体に切れ目が入り、大きなハッチがスライドして開いた。
「さぁ、乗って」
レイモンドがボートから降りる。光宣が船体に足をつけた。靴の裏側から返ってくる感触は、少しクッションが利いていて思ったほど滑らない。
光宣と水波は、レイモンドに続いてハッチから下に伸びる階段に足を踏み入れた。彼らの背後では、クルーがボートを船内に引き入れている。
二人が階段を下りきるのと同時にハッチが閉まり、レイモンドが振り返り両腕を横に大きく開く。
「ようこそ。USNA海軍輸送艦『コーラル』へ」
レイモンドは芝居掛かった口調で、光宣と水波にそう告げた。
自分の船ではないのに調子に乗ってるレイモンドは滑稽