劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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コンペの準備

 翌日、食堂で待ち合わせをしていたエリカを見つけて近寄ってきた深雪だが、エリカの機嫌が明らかに良く無い事に気がついた。

 

「昨日の事まだ気にしてるの?」

 

 

 駅までの帰り道、普段なら誤魔化したりするはずのエリカだったのだがそうする事は無く不満を明らかに顔に出していたのだ。本人に聞くのは憚られたので、深雪は事情を知ってるであろう達也にエリカの不機嫌の理由を聞き出し、その場での対処を達也に任せたのだった。

 

「別に昨日の男にまんまと逃げられた事を気にしてるんじゃないのよ。ただちょっとあの男に言われた事が気になってね。学校の中だから安心ではないって、まさか生徒に……」

 

 

 四月の一件に深く関わってなかったほのかや幹比古には伝わらなかったが、達也や深雪にはエリカのこぼした言葉の意味がはっきりと伝わった。

 

「確かに、俺も後味の悪い事の後始末はもう御免被りたい。だがまだ何もされてないのに探し出してとっ捕まえる訳にも行かないだろ」

 

「それはそうなんだけどさ……」

 

 

 完全には納得してないのが口調ですぐに分かったが、エリカも何とか納得しようとしてるのは達也にも分かった。

 

「でもよ、受け身一方ってのは分が悪いんじゃねぇか? 直接殴りかかってくるなら兎も角のぞき見や空き巣とかはな……」

 

「それだけを気にしてれば良いって訳でも無いからね……」

 

 

 レオと幹比古が続けて見せた懸念に、達也は笑いながら首を振った。

 

「データを端末に入れて持ち歩いてるわけじゃないんだから物理的な盗難に遭う事は無いって。そもそも校内で置き引きや引ったくりとかそんな心配をするのはおかしいだろ? まぁ盗難って手口はゼロとは言えないが、それは別に今回のコンペに限った事じゃない。校内でデータを盗もうとするのなら、セキュリティーの低いディレクトリに放置されたデータを漁るのが一番手っ取り早いだろうけども、そこまでボケているつもりは無いな。不審者の怪しげな情報に霍乱されてるんじゃないか?」

 

「そっか……でも昨日の相手は式で探りを入れていたヤツらとは多分別口だよ。そっちにも警戒が必要なんだし、油断はしない方が良いと思う」

 

「分かってるさ」

 

 

 達也の説明に反論は加えたものの、幹比古は一応納得してるようだった。だがエリカとレオはまだ何か言いたいことがあるけれども反論出来ないのでとりあえず黙ってるという風に達也には見えたのだった。

 

「エリカとレオは何か引っかかってるのか?」

 

「ううん、達也君の言ってる事が正しいのは分かってるんだけどもね……こう、感情論で考えちゃうんだよね……」

 

「俺も。何も出来ないってのが歯痒くてな」

 

「警戒はしてくれるのはありがたいぞ。ただし行き過ぎないようにしてくれ。千代田委員長と衝突とか面倒な事をしなければ俺はそっちには口出ししないから」

 

 

 達也が一応釘を刺したのは、この二人ならありえそうだからだ。一方で釘を刺された二人は揃って首を竦めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦代表チーム五十二名に対し論文コンペは三名。比較するのが最初から無意味に思える程規模が違うにも関わらず、論文コンペは九校戦に匹敵する重要行事と見做されている。

 理由の一つとしては、この催し物が実質的に魔法科高校九校間で優劣を競う場であるからなのだ。九校戦で成績が振るわなかった学校は、その雪辱戦という意味でもりあがる。

 そしてもう一つの理由として、論文コンペは代表に選ばれた三名だけでは無く多くの生徒が直接関わる事が出来るという性質が挙げられるだろう。

 本番が次の次の日曜日に迫り、校内では放課後だけでは無く本来授業に割り当てられている時間も「自主制作」「自主演出」の名目で侃侃諤諤ならぬカンカンガタガタの大騒ぎに満たされていた。その喧騒の中心に、エリカの探す人影はあった。

 

「あっ、いたいた。おーい達也くーん」

 

 

 大声で手を振るエリカの隣では、レオが身体ごと明後日を向いており、幹比古はエリカの後方二メートルという微妙な位置を取ってやはりそっぽを向いている。二人共全力で他人のフリをしてるのだ。

 

「エリカちゃん、邪魔しちゃ駄目だよ……」

 

「千葉……お前ちょっとは空気を読めよな」

 

 

 実験を中断させられて苦虫を噛み潰したような顔をしていた人間の気持ちを、護衛としてきていた桐原が代弁したのだったが、当然エリカは聞き流した。

 

「あれっ、さーやととも先輩も見学?」

 

 

 エリカが話しかけたのは、桐原と一緒に護衛に来ていた三十野と、達也の事が気になって見学に来ていた紗耶香だった。

 

「エリカは見学ってわけじゃ無さそうだな。何か用か?」

 

 

 エリカと知り合いの上級生は兎も角、中断させられた上に無駄話をしているエリカに堪忍袋の緒が切れそうになっているのを見て、達也がさっさと本題に流れを持っていった。

 

「美月が手伝いに呼ばれたから、その付き添い」

 

「エリカ、こっちへいらっしゃい」

 

 

 深雪が一瞬の隙を突いてエリカを見物人の輪の中へ連れて行く。紗耶香と巴も桐原から離れてエリカの隣に行き、一時的な中断を強いられていた魔法装置の作動実験は五十里の合図で再開された。

 

「あれ何の実験してるの? でっかい電球みたいだけど」

 

「プレゼン用の常温プラズマ発生装置よ」

 

「常温? 熱核融合ですよね?」

 

 

 他人のフリをしていた幹比古だったが、意外な言葉に他人のフリを忘れて深雪に尋ねた。

 

「熱核融合というのは反応のタイプであって、超高温であることは必ずしも必要ないみたい」

 

「………」

 

「……ごめんなさい吉田君。私も詳しい事は理解してないから後でお兄様に聞いてみる方が良いと思うわ」

 

 

 深雪の言葉に幹比古はブンブンと首を振った。そんな幹比古に意味ありげな視線を向けながらエリカと紗耶香はヒソヒソと話していたが、深雪がニッコリと笑いかけると慌てて口をつぐんだ。ちなみにレオは最初から実験装置に夢中で会話すら聞いていなかった。

 実験成功の歓声が彼方此方からこぼれた中、紗耶香はある一点を見つめていたのにエリカが気がついた。

 

「さーや、どうしたの?」

 

「あの子……」

 

 

 エリカが声をかけたのだが、返って来たのは独り事だった。

 

「って、如何したの!?」

 

「おい、壬生!?」

 

 

 いきなり駆け出した紗耶香を追って、エリカと桐原がスタートを切った。一歩遅れてレオが続く。

 目を丸くしてそのさまを見送っていた深雪は、無意識に達也に視線を向けていた。

 

「気にするな。すぐに終わるだろうからな」

 

「ですが……」

 

「エリカ辺りがやり過ぎないことを祈るとするか」

 

 

 まるで他人事のようにつぶやいて、達也は実験の準備を再開した。その祈りは神に届く事は無いだろうと、達也自身が思っていたとは誰も知らなかった。




そろそろ千秋の事件は終わりますね。

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