劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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八雲の情報通り


潜水艦の行き先

 空から降ってきた針は全て同じ長さ、同じ太さ、同じ針先の仕上がり。一つの集合体と認識する条件に当てはまる。針に仕込まれた魔法の発動に一歩先んじて、達也の『雲散霧消』が地に突き刺さった針に作用した。

 針の林が、一瞬で形を失い消失する。それに伴い、針が宿していた魔法も強制的に終了した。魔法を実行すべく用意された事象干渉力が行き場を失う。ほとんどの事象干渉力はその場で霧散したが、ほんの一部が術者へと逆流した。

 事象干渉力の正体を観測する前の達也ならば、見落としていただろう。魔法が五感の及ばない遠隔地から放たれたものだったならば、霊子を観測することができない達也にはどうしようもなかっただろう。だが今回は、視覚の及ぶ範囲内。達也の視界の中で、霊子の流れは一点に集束していく。

 達也は――いや、達也でなくても魔法師ならば、霊子情報体を情報体として認識できなくても、霊子の流れを漠然と感じ取ることができる。術者、八雲の許へ戻っていく霊子が流れつく先を、達也は確と見極めた。距離は、およそ二十五メートル。『術式解体』の射程範囲内だ。

 達也は一瞬よりも短い時間で想子を圧縮し、突き出した右掌から撃ち出した。眩く輝く想子の奔流が、校庭の端にそびえる一際立派なケヤキの幹を直撃する。

 幹の側面に波紋が生じる。濁った水の中から浮かび上がるように、波紋の中から八雲が姿を現した。横を向いていた八雲が、達也に正面を見せる。声が届く距離ではないが、達也の肉眼は、八雲の唇が「見付かっちゃったか」と動いたのを認めた。それはかくれんぼで鬼に見付かった子供よりも緊張感が無い呟きに見えた。それに対して達也は何も言わず、八雲目掛けて突進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 USNA海軍全水没型高速輸送艦『コーラル』。その内部では、光宣たちの案内人がレイモンド一人というわけにはいかなかったようだ。光宣と水波はレイモンドに先導され、二人の兵士と一人の女性士官に背後から監視されながら、広い通路を船尾方向へと歩いている。女性士官はスターズの一等星級隊員でパラサイトのゾーイ・スピカ中尉だった。

 『コーラル』の艦内は狭苦しい潜水艦のイメージに反して広々としていた。もしかしたら豪華客船よりも内部空間に余裕を持たせた設計になっているかもしれない。

 

「ここが光宣の部屋で、彼女の部屋はその隣ね。鍵は中からなら掛かるようになっているけど、外からの施錠には反応していない。申し訳ないけど」 

 

「贅沢を言うつもりは無いよ。個室をもらえるだけありがたいと思っている」

 

 

 少しも申し訳なさそうに見えないレイモンドに、光宣はわざとらしく声に感謝の気持ちを込めて答えた。

 

「本当は一つの部屋の方が良かったのかもしれないけど」

 

「そんなことはないよ」

 

 

 レイモンドの冷やかしに、水波は仮面のように表情を動かさず、光宣は素っ気ない答えを返す。それを照れ隠しと取ったのか、レイモンドはニヤニヤと笑いながら付け加える。

 

「あっ、でも、外から鍵が掛からないということは、外から鍵を開けられないということでもあるから。鍵を掛けておけば、中で何をしていても分からないよ」

 

「あり得ないな。監視カメラも無いなんて」

 

 

 光宣の声の、温度が下がる。ムッとしている心情を、光宣はあえて隠さなかった。光宣と水波は部外者だ。軍の艦艇内で、監視されないなどということはあり得ない。外から鍵が開けられないというのも嘘に違いないと光宣は考えている。米軍がそこまでお人好しとは、到底思えなかった。

 

「いやいや、本当に。君たちは捕虜じゃなくて、お客様だからね。のぞき見なんて失礼な真似はしないよ」

 

 

 光宣はレイモンドの戯れ言をスルーしようとして、その言葉尻を利用しようと考えを変えた。光宣はまだこの船の――自分と水波の行き先を、レイモンドの口からは聞いていなかった。

 

「僕たちを客扱いしてくれるのなら、せめて目的地だけでも教えてくれないか」

 

「良いよ、もちろん」

 

 

 レイモンドは当然とばかりに頷いた。スピカ中尉も、二人の兵士も、レイモンドを制止しない。捕虜扱いしないというのは、少なくとも表面上は嘘ではないようだと、光宣は思った。そんな光宣の猜疑心には気付いていないような顔で、レイモンドは光宣に向かって、あっさりと目的地を告げる。

 

「この船の行き先は、パールアンドハーミーズ環礁の海軍基地だ」

 

「分かった。それじゃあ僕と水波さんは部屋で休ませてもらうよ。達也さんから逃げるのに随分と神経を疲弊したからね」

 

「分かった。それと、本当に外から鍵は開けられないから、二人一緒に部屋に入っても何の問題もないから。まぁ、あまり大きな声を出されると聞こえちゃうかもしれないけど」

 

 

 レイモンドはやはりニヤニヤとしながら光宣に仕掛けるが、仕掛けられた側は全く表情を動かさずにそれぞれの部屋に入り、一応鍵を掛けた。

 

「やれやれ、ここまでついて来てくれてるんだから、もう答えなんて貰ってるものだって言うのに」

 

 

 レイモンドは水波が光宣を選んでいると思い込んでいる。光宣も内心ではそう思っているし、監視の兵士もそうだ。まさか水波が、達也と深雪の未来の為に光宣に同行しているだなんて、誰一人思ってもいなかった。




誰一人水波の思惑に気づけないなんてな……

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