劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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シガラミからは逃れられない


八雲の事情

 理由を説明すると言いながら、八雲はすぐには話し始めなかった。「そうだねぇ……」と呟きながら、説明の段取りを考えている様子だった。

 

「この国には、魔がもたらす穢れを極端に嫌う人たちがいる」

 

「存じております」

 

「いや、君が知らない組織のことだ」

 

 

 八雲の説明に頷いた達也に、八雲は苦笑いを浮かべたまま頭を振った。

 

「その組織に所属する人たちは、政府の如何なる役職にも就いていない。公的な地位は何もない。しかし、この国で二番目くらいに権力を持っている人たちだ」

 

「国家の黒幕ということですか」

 

「まぁ、その認識で合っている。僕は今回、その人たちからの依頼で動いていたんだ。妖魔を、パラサイトをこの国からさっさと追い出せ、という依頼をね」

 

「……だから光宣の逃亡を手助けしたんですか?」

 

「その人たちは妖魔を封印しても、あまり良い顔をしないんだよ。封印は何時か破られてしまうものと、思い知っているんだろうね。滅ぼせなければ追い払ってしまいたいと考える人たちなんだ」

 

「師匠はその連中に、逆らえないんですね」

 

 

 達也が辛辣な口調で指摘すると、八雲は似たような口調で達也に応えた。

 

「東道青波閣下も、その人たちの仲間だよ」

 

 

 達也の顔から表情が消える。八雲の顔からも表情が消える。二人の間に、居心地が悪い沈黙が居座った。その沈黙を破ったのは、達也の方だった。

 

「師匠は常々、自分は世捨て人だと仰っていましたが……」

 

 

 達也が何を言いたいのか、この段階で分かったのだろう。八雲はこの夜で一番、苦い笑いを浮かべた。

 

「結構なしがらみに囚われているんですね」

 

「まったくだ。浮世は本当にままならない」

 

 

 他人事のように呟く八雲。達也はそれ以上何も言わず、今も土の上に胡坐をかいたままの八雲に、背中を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高速道路に放置した電動二輪『ウイングレス』を回収し――幸い、警察に持っていかれてはいなかった――、それに跨って達也が調布のマンションにたどり着いたのは、午後九時を回った後だった。

 

「お帰りなさいませ、達也様」

 

「あぁ、ただいま」

 

 

 玄関まで迎えに出てきた深雪と目を合わせるのが、達也は気まずかった。今日、光宣の隠れ家に突入したことを、深雪には事前に話していない。水波の救出がますます困難になったことをどう説明すれば良いのか、達也はバイクを運転しながらずっと考えていた。

 しかし、まだ結論は出ていない。とうとう結論は出せなかったのだ。

 

「達也様、今日のことは葉山さんから伺っております」

 

 

 達也に助け舟を出したのは、他ならぬ深雪自身だった。黒羽貢があのタイミングで出て来たのだから、本家は当然、達也の動向を掴んでいたのだろう。それを深雪に隠しておく理由もない。言われてみれば、予測していて然るべきことだった。

 

「そうか……状況は、ますます厳しくなった」

 

「先生まで妨害する側に回ったのですから、仕方がありません。達也様が無事にお戻りになっただけで深雪は十分です」

 

「そうか……心配を掛けたな」

 

「いえ……」

 

 

 深雪が声を詰まらせる。達也は本当に心配をかけていたのだと、その姿を見て覚った。彼は深雪の肩を優しく抱いて、リビングへと誘った。

 隣り合わせに座ってしばらく達也の肩に顔を埋めていた深雪は、ようやく気分が落ち着いたのか、達也からそっと身体を離して立ち上がった。深雪は瞼が少し赤くなっていたが、達也はそれを指摘したりはしなかった。

 

「コーヒーをご用意しますね。それとも、紅茶の方がよろしいですか?」

 

「そうだな……今は、紅茶をお願いしようか」

 

「かしこまりました。ホットでよろしいのですよね?」

 

「あぁ、それで頼む」

 

 

 深雪がリビングからキッチンに向かう。彼女と入れ替わるように、リーナが隣の部屋からやってきた。恐らく物音で達也が戻ってきた事に気付き顔を出したのだろう。

 

「ようやく帰ってきたわね、達也」

 

「リーナ。深雪についていてくれていたのか」

 

「まぁね。達也も大変だったみたいだけど、こっちも大騒ぎだったんだから」

 

「……何かあったのか?」

 

 

 達也が眉を顰めてリーナに問う。だいたいの事情はエリカから聞いているが、その事件に深雪が巻き込まれたとは聞いていない。もしかしたらエリカから聞かされたのとは別件なのだろうかと考えたが、リーナから事情を聞けばいいだけだと結論付け尋ねる。

 

「あったわよ、大事件が。深雪が戻ってきたら話してあげる。多分深雪は、自分の口から伝えたいだろうから」

 

「そうか」

 

 

 達也はそれ以上、質問を重ねなかった。リーナも、口を閉ざした。彼女は沈黙が居心地悪そうだったが、「深雪が戻ってきたら」というのは自分から言い出したことだ。すぐに前言を翻すつもりは無いようだ。

 深雪が戻ってくるまでの間、リーナは何度か達也の横顔を盗み見ては、激戦の後で疲れているのだろうと勝手に納得して小さく頷いていたが、何があったのか聞きたくて仕方がない雰囲気を醸し出していた。もちろん、達也がリーナの心の裡を考慮して自分から何があったのか説明することはなかった。




リーナが自重したのは珍しいな……

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