劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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新刊・未来編発売日です。文教堂さん、営業してくれてありがとうございました


達也の方策

 何度かリーナが口を開こうとしては視線を逸らすという動きを繰り返してようやく、深雪がリビングに戻ってくる。

 

「リーナ。起きたのなら言ってくれないと。貴女の分、用意していないわよ」

 

 

 起きた、という深雪の言葉に、達也がリーナへ目を向ける。リーナは居心地悪そうにさっと目を逸らした。よくよく見れば、彼女は髪を下ろしていた。その金色の髪には微妙に寝癖がついていた。どうやらリーナは仮眠中だったらしい。起こしてしまったか、と尋ねるのはリーナが嫌がると思ったので、達也はそこには触れなかった。

 

「私はジュースで良いわ」

 

 

 リーナは達也から顔を背けたまま、殊更平然とした声で応えた。そして自分でリモコンを操作して、ホームオートメーションにオレンジジュースを注文する。

 深雪がソーサーに載った紅茶のカップを優雅な仕草で達也の前に置き、自分の分もローテーブルに置いて達也の正面、リーナの隣に座ったすぐ後に、ホームオートメーションの非ヒューマノイド型ロボットがジュースのグラスを運んできた。全員の飲み物が揃い、改めてお互いに顔を向き合わせる。

 

「深雪。ほのかと美月の件を、達也に話したら」

 

「ほのかと美月に何かあったのか?」

 

 

 達也が真剣な眼差しを深雪に向けた。深雪は、目を逸らさない。彼女は最初から、今日の事件を達也に話しておくつもりだったのだ。

 

「えぇ、実は――」

 

 

 そう前置きして、深雪は達也に、ほのかが誘拐された件と美月が誘拐されそうになった件の顛末を話した。

 

「ほのかにはエリカが付き添っています。まだ薬の影響が残っているようですけど、兵庫さんに手配してもらったお医者様の診断でも、後遺症は残らないだろうとのことです」

 

「そうか……まずは一安心というか、不幸中の幸いだな」

 

「えぇ、本当に。エリカの直感が無かったら、美月も危ないところでした」

 

「そうだな。エリカには俺からも礼を言っておこう」

 

「ピクシーもね。アレがいなかったら、ほのかが攫われた先は分からなかったわ」

 

「あぁ。ピクシーも労っておく」

 

 

 深雪と、最後に口を挿んだリーナに達也は頷き返し、そして虚空に視線を固定する。

 

「……達也様?」

 

「んっ? あぁ、すまない」

 

「何をお考えだったのですか?」

 

 

 深雪と、彼女に便乗したリーナが、視線で達也に答えを迫る。

 

「いや……こんなことを考えるのは自意識過剰かもしれないが」

 

 

 深雪もリーナも、達也から視線を離さない。達也は観念したように、答えを続けた。

 

「ほのかは婚約者の一人ということで分からなくは無いが、美月は俺の友人というだけで敵対軍事勢力の標的になってしまった。彼女たちが危ない目に遭ったのは自分の所為だ、と自虐するつもりは無い。薄情かもしれないが、悪いのは非合法工作員とそれを操ったUSNA政府だ」

 

「薄情なのではありません! 達也様の仰ったことは紛れもない事実です」

 

「そうよ! 深雪の言う通り、悪いのはイリーガルMAPとペンタゴンだわ!」

 

 

 二人の剣幕に達也は面食らった。深雪が自分の弁護をするのは達也も予想していたが、リーナもそれに加わるとは思わなかったのだ。

 

「USNAの責任を肩代わりするつもりは無いが……まったく知らん顔もできないと思ってな」

 

「それは、婚約者たちだけではなく美月たちの身の安全にも、達也が責任を感じているということ?」

 

「今後、同じことが起こらないとも限らない」

 

「具体的に……何か方策を考えていらっしゃるのですか?」

 

 

 深雪の質問に、達也は珍しい程の躊躇いを見せた。しかし、何時までも答えを渋っているわけには行かないと覚悟を決めたのだろう。達也は自分をジッと見つめ続ける深雪の瞳に向かって、答えを告げた。

 

「……いずれ、美月たちも四葉家で……、いや、俺の手元で保護するべきではないかと考えている。無論、本人が望めばだが」

 

 

 そしてすぐに、それでは答えとして不十分だと考えた。

 

「今回襲われた美月やほのかだけではなく、レオや幹比古も、必要ならば庇護下に収めることを検討すべきではないか……。そんなことを考えていた」

 

「よろしいのではないかと、存じます」

 

 

 深雪は達也の言葉に、反対しなかった。仮に保護の対象が女性陣だけだったら、抵抗を覚えたかもしれない。それは所謂「ハーレム」宣言とも解釈できるからだ。ただでさえ大勢の婚約者がいるというのに、標的になるかもしれないという理由でそのメンバーが増えるのは深雪としても面白くない。だがレオと幹比古の名前が加わったことで、その不安が払拭されたのだ。

 

「そうそうたるメンバーね。王国が創れるんじゃない? というか、イリーガルMAPが今回の件で大人しくしてるとも思えないし」

 

 

 リーナがあながち冗談とも思えない口調で感想を述べる。達也は苦笑いを漏らしたが、深雪はそれに同調しなかった。

 イリーガルMAPは既に達也の手で無力化されているのだが、そのことを知らないリーナは、万が一また襲ってきたら、今度は自分で応戦するつもりで、密かに闘志を燃やすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本時間七月十六日未明、現地時間七月十五日早朝。光宣と水波を乗せた全水没型輸送艦『コーラル』は、北西ハワイ諸島のUSNA海軍パールアンドハーミーズ基地に到着した。




何時もの本屋が休業で諦めかけてたんですけどね

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