劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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激しい戦闘の疲労はないです


普段通りの朝

 七月十三日、土曜日の早朝。具体的には午前七時の十分前。一高に登校する深雪に、達也は何時も通りの顔、何時も通りの声で問いかけていた。

 

「ほのかのお見舞いは、一度家に帰ってからだったな」

 

「はい、予定通りです」

 

 

 リーナの魔法『仮装行列』によって明るい栗色の髪、淡い茶色の瞳の、別人の姿に変身した深雪が、何時もとは違う声、何時もと同じ口調で答える。

 昨日、七月十二日。水波は米軍のパラサイトを味方につけた光宣の手で、海路、国外に連れ去られた。達也の追跡は、失敗に終わった。だが達也も深雪も、失敗に打ちのめされてはいなかった。

 

「達也も行くんでしょ?」

 

 

 深雪の隣で、深雪と色だけが違う同じ顔をしたリーナが達也に尋ねる――リーナが自分の顔を参考にして深雪を変身させたという経緯を考えれば、今の深雪がリーナと色彩を除いて瓜二つの顔立ちをしている、と表現するべきか。

 達也が水波の奪還に失敗したことは、リーナも知っている。だがリーナに達也を気遣っている様子はなかった。昨日の失敗を、達也が気にしていないと思ってるからではない。達也も、深雪も、精神的に小さくないダメージを負っているとリーナは理解していた。

 だが、達也も深雪も、諦めていない。リーナはそれも、知っているからだ。

 

「そのつもりだ。リーナも同行してもらえるか?」

 

「もちろんよ。ほのかは友達だもの」

 

 

 達也と深雪が何時も通りに振る舞うのであれば、自分もいつもと同じ態度を貫く。リーナはそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪がリーナの魔法によって別人の姿を得ているのは、マスコミの取材攻勢を躱す為だ。七月八日、今週の月曜日。日本海を南下する新ソ連の艦隊を、一条将輝が新たな戦略級魔法『海爆』で退けた。それ自体は、達也が仕組んだことで、彼の計算通りだ。しかし、新たなヒーローに群がるマスコミに向けて吉祥寺真紅郎が放ったセリフが、達也の予定を大きく狂わせた。

 吉祥寺は『海爆』の共同開発者として、達也の名前を記者に対して馬鹿正直に喋ってしまった。その御蔭で達也ばかりか、深雪や他の婚約者まで取材攻勢に曝されそうになる事態に陥ってしまった。

 幸いまだ、達也も深雪も、他の婚約者たちも記者やカメラマンに囲まれるには至っていない。深雪が調布のマンションに引っ越したことも、他の婚約者たちが新居に引っ越したことも、学校にも伏せられている。達也たちの自宅は記録上、父親の司波龍郎が所有する府中の一軒家のままだ。マスコミは現在、そちらに押しかけている。

 だが自宅でコメントを取れなかった記者が一高の通学路で待ち伏せるに違いないことは、容易に想像できた。また実際、そうなった。それを見越して、深雪の姿を『仮装行列』で別人のものに変えてしまうことを、達也はリーナに依頼したのだった。

 深雪がリーナと一緒に、何時もより早い時間に登校しているのは、学校で『仮装行列』を解く時間が必要になるからだ。魔法の解除自体は一瞬だが、変身シーンを不特定多数の生徒に見られないようにする為に、教室ではなくいったん生徒会室に向かって、そこで変身を解除しているのだ。その為に登校時間繰り上げだった。

 

「それでは達也様、行って参ります」

 

「じゃあね、達也」

 

「あぁ、気を付けて」

 

 

 深雪たちを送り出した達也は、ダイニングに腰を落ち着かせた。繰り返しになるが、水波の奪還を諦めたわけでもなければ、光宣に逃げられて打ちのめされているわけでもない。今日の午前中は、昨日の後始末で外出しなければならない。何を始めるにしても、時間的に中途半端だった。

 

「(……水波は太平洋を東進中。進路に変更は無しか)」

 

 

 ホームオートメーションで淹れたコーヒーを飲みながら、水波の情報に「眼」を向ける。水波のエイドスは、問題なくトレースできた。

 

「(光宣は……俺が「視」ていることに気づいたな)」

 

 

 光宣は水波の側にいるはずだ。達也はその「縁」をたどって光宣のエイドスを読み取ろうとしたが、ピントが合う前に、光宣の「影」は達也の「視界」から外れてしまう。

 

「(『鬼門遁甲』か)」

 

 

 達也の「視線」を逸らしたのは、光宣の『鬼門遁甲』だろう。周公瑾の亡霊から受け継いだ東亜大陸流古式魔法を、光宣は完全に使いこなしているようだ。達也はそこで、いったん観測を打ち切った。無論、水波のエイドスに付けたマークは残したままだが、光宣を見つけることには拘らなかった。詳細な観測を続ければ、水波を連れ去っている輸送船の足を止めることも不可能ではないだろう。しかし下手に攻撃して水波の身に害が及んでは本末転倒だ。機関部のみを破壊したつもりが、船の沈没という結果に繋がりでもしたら目も当てられない。

 

「(まだ少し早いが……)」

 

 

 外出の支度でもするか、と考えて達也はコーヒーを飲み干した。行き先は師族会議だ。正装までは必要無いが、それなりにフォーマルな装いが求められる。公的な身分は高校生だから学校の制服でも許されるのだが、彼はスーツに着替えることにした。




奪還編終わったら暫く水波メインにしようか考え中

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