劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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久しぶりに登場


喫茶スペースでの会話

 達也は午前九時過ぎに、迎えに来た兵庫の操縦する小型ヘリでマンションを出発した。行き先は横浜ベイヒルズタワー。今日の十時から、魔法協会関東支部のオンライン会議室を借りて師族会議が臨時開催されることになっている。達也はそこに、参考人として呼ばれているのだった。

 

「七草先輩、おはようございます」

 

「……達也くん、おはよう。早いわね」

 

 

 会議室の前に立っていた真由美に、達也は自分から声を掛ける。真由美の返答に若干の間があったのは、前々から名前で呼んでくれと頼んでいるのに、何時まで経っても『先輩扱い』なのが気に入らなかったのだろう。

 

「先輩は七草殿の代理でご出席ですか?」

 

「まさか。十文字くんのアシスタントよ」

 

「そうでしたか。確かにテレビ会議システムを一人で操作しながらでは、如何に十文字先輩でも会議に集中出来ないかもしれません」

 

「だからといって、部外者に手伝わせるわけにはいかないものね」

 

 

 真由美の顔に一瞬、暗い影が差した。当たり前だが、今日の会議で何が議題となるのか、彼女は知っているようだ。しかし真由美はすぐに、愛想の良い笑みを浮かべた。

 

「達也くん、向こうでお茶でも飲まない?」

 

「もうすぐ会議が始まる時間では?」

 

「まだ十分以上あるわよ」

 

 

 そう言って真由美は、半ば強引に達也を喫茶スペースへ連れて行った。彼女が紅茶に一家言ある女性だと、達也は知っている。十分程度では満足にお茶を点てられないのではないかと達也は懸念したのだが、真由美もそこまで凝り性ではなかったようだ。達也の前に差し出されたのは、冷蔵庫で冷やされていたアイスティーだった。

 

「達也くん、この前はお役に立てなくてごめんなさい」

 

 

 真由美が腰を下ろした達也の前にグラスを沖ながら、まず謝罪を口にする。シロップ、ミルク、レモンなどの余計な物はテーブルに置かない。ストレート以外を認めないのは、時間不足の中でせめてもの拘りだろう。

 

「……先月のことですか? あの晩は結果的に、光宣を撃退していただきました。むしろお礼を申し上げなければなりません」

 

 

 真由美が言っているのは六月の下旬、水波が入院していた病院を光宣が襲撃した夜のことだ。達也が言うように、あの晩の光宣は水波の誘拐に失敗している。

 

「あの時、光宣くんを撃退したのは十文字くんだし……それにあそこで光宣くんを捕まえていれば……」

 

「光宣を捕らえなれなかったのは俺も同じです」

 

 

 喫茶スペースの空気が、重量と粘度を増した。真由美は暗いムードを払拭しようと図ったのか、口調と表情をがらりと変えて達也に尋ねる。

 

「……ところで最近、学校には行ってる?」

 

「行っています。時々ですが」

 

 

 達也的には、嘘ではない。今週に限っても、水曜日にリーナを百山校長に引き合わせるために登校している。それにそもそも、学校が再開されたのは木曜日からだ。学校に行っていないと答える方が嘘になるだろう――達也はそう思った。

 しかし彼の思惑とは裏腹に、真由美は達也の言葉を聞いて眉を曇らせた。真由美が気遣わしげな眼差しを達也に向ける。

 

「達也くんが出席を免除されていることも、そうなった事情も知っているけど……でもそれは、達也くんが望んだ境遇ではないでしょう……? 学校に来るなと言われているわけじゃないんだし、出来るだけ毎日、登校した方が良いんじゃない? 高校生でいられるのは、あと半年と少ししかないんだし……」

 

 

 真由美は自分のことを心配して、そう言ってくれているのだ。そこは達也も誤解していない。誤解があるとすれば、真由美の方だろう。

 

「可能な限り、登校するつもりです」

 

 

 これはその場限りの言い逃れではなく、紛れもない達也の本音だ。入学直後の頃ならともかく、今の達也は一高に通うのが嫌ではない。むしろ、一高に愛着すら覚えている。それに自分の好き嫌いを別にしても、深雪とリーナが学校でどのように過ごしているのか、達也はかなり気になっている。深雪のことは純粋に心配で、リーナのことは何か突拍子もないことをしでかさないか心配で。ただ現状は、通学している余裕が無いだけだった。

 

「……余計なお世話だったかしら?」

 

 

 達也の短い返事で真由美がそこまで理解したとは思えないが、彼の口調や表情から感じ取れたものがあったのだろう。彼女の眉を曇らせていた憂いは、完全に晴れてはいないが、だいぶ薄れていた。

 

「ところで、ここ最近こっちの家には来れていないけども、まだいろいろと忙しいのよね?」

 

「そうですね。いろいろな妨害が入っている所為で、そちらに顔を出す余裕はありませんし、万が一マスコミ連中にそちらの家に俺がいると知られれば、不要な人員を割かなければいけなくなりますし」

 

 

 あの家の監視システムと侵入者に対する防犯システムは、もしかしたら国内一と言えるかもしれないが、だからといって油断して良いわけではない。マスコミという生き物は『報道の自由』を掲げ自分たちが不法行為をしてもいいと勘違いしている節が見られると達也は思っているので、もしかしたらあの家に突撃してくるかもしれないと考えているのだ。そうするとそのマスコミの思考操作や秘密裡に処理しなければいけないことが出てきてしまい、余計な人員を割かなければいけないことを達也は憂いているのだった。




何処の世界もマスコミという連中は……

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