劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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自分に都合よく話を持っていこうとする人間が……


九島家への聞き取り

 会議開始の三分前になって、克人が姿を見せた。来るのが遅すぎるということはない。事前の準備は魔法協会の職員が調えてくれている。アシスタントが必要なのは、会議が始まってからだ。

 達也は真由美と共に、克人の後に続いて会議室に入った。十分割された大型ディスプレイには既に、六人の顔が映っていた。達也は十師族当主である彼らに、まとめて会釈であいさつした。これは達也が、他家の当主を軽んじているからではない。克人も真由美も、頭を下げる角度こそ違っても(真由美だけが深めに身体を倒した)同じように一人一人個別に挨拶はしなかった。

 達也たちの入室に少し遅れて、八代家当主が画面に姿を見せる。そして十時ちょうど。残る三人――四葉真夜、七草弘一、そして九島真言がディスプレイの中に揃った。

 

「それでは時間となりましたので、臨時師族会議を開催します」

 

 

 克人の宣言に、儀礼的な言葉の遣り取りは無く、一条家当主・一条剛毅がいきなり強い口調で切り出す。

 

『早速だが、まず事実関係を明らかにしたい。九島蒼司殿が、九島光宣の逃亡を助けたというのは事実か』

 

「自分がお答えします。事実です」

 

 

 その問いを、ひるむことなく達也が引き受ける。

 

「九島蒼司殿は『仮装行列』で九島光宣になりすまして、自分を誘導する囮になりました。自分が蒼司殿を追跡している隙に、光宣は逆方向へ逃走を果たしました」

 

『九島殿。司波殿のご発言に、間違いはありませんか?』

 

 

 二木家当主・二木舞衣が真言に尋ねる。九島家は現在、十師族のメンバーではない。師補十八家、十師族の補欠と位置付けられる十八の家の一つだ。九島真言が会議に招かれているのは事情を聞く側ではなく、訊かれる側としてだった。

 補欠の位置だからといって、真言は舞衣の質問に怯むことなく答える。

 

『表面的には事実だが、なりすましたという表現には語弊がある。蒼司は自発的に囮となったわけではない』

 

『操られていたというのですか?』

 

『パラサイト化した光宣君が、蒼司殿を操り人形にしていたと仰る?』

 

 

 六塚温子、八代雷蔵が、続けて真言を問い詰める。

 

『そうだ。パラサイトと同化した光宣の精神干渉魔法に、蒼司は対抗できなかった』

 

 

 九島蒼司がこの場にいれば、自分は魔法で直接操られたのではないと証言したかもしれない。蒼司は自分から進んで光宣の逃亡に手を貸したのではなく、威圧されて仕方なく協力した。だが蒼司に圧力を掛けたのは、光宣だけではない。光宣の力に対する恐れがあったのは事実だが、囮になるよう蒼司に命じたのは真言だった。光宣は蒼司に対して、心を操る魔法は使わなかった。

 

『光宣君は意識操作の魔法を使えたのですか? いただいたデータの中には、そのような情報はありませんでしたが』

 

『パラサイト化して、新たに会得した力だろう』

 

 

 真言の説明は意図的な虚偽だ。光宣は蒼司を魔法で操ったのではないし、意識操作の魔法を会得してもいない。しかし七宝拓巳の質問に答える真言の声には、これまでと同じく動揺が見られなかった。

 

『蒼司殿はあくまでも、光宣君に操られていたと仰るのですね?』

 

『その通りだ』

 

 

 この質問を投げ掛けたのは七草弘一だ。真言の答えは変わらず、彼はあくまでも、光宣に全責任を押し付けるつもりなのだろう。

 

『何時からですか?』

 

『……何ですと?』

 

 

 真言が初めて動揺を見せる。この問いかけは、さすがの真言も予想外だったのだろう。

 

『蒼司殿が光宣君の術中に落ちたのは何時のことですか? 蒼司殿が囮を務める為に使用した自走車は、レンタカーでも盗難車でもなく九島家の所有物だったと耳にしております。蒼司殿は何時意識操作の魔法を受けて、何時自走車を持ち出したのでしょうか』

 

『それは……』

 

『九島殿は、蒼司殿の不審な振る舞いにお気付きではなかったのですか?』

 

『……恥ずかしながら、気付いておりませんでした』

 

 

 真言の口調が、苦しげで謙ったものに変わる。彼の強気な態度に綻びが生じた。

 

『それは危ないですね』

 

『危ない、とは?』

 

 

 弘一が嬲る口調ではなく、深刻な声音で指摘すると、一条剛毅がその会話に割り込んだ。剛毅は答えに窮した真言に助け舟を出したのではなく、弘一が何を危険だと言っているのか、その正体を確かめる必要を覚えたのである。まるで剛毅の質問を待っていたかのように、弘一は熱のこもった口調で答えていく。

 

『九島殿は、ご家族がパラサイトの強い影響下にある事に気付いておられなかった。ということは、蒼司殿の他にもパラサイトに心を支配されている方が、ご家族や使用人に隠れている可能性を否定出来ません』

 

 

 弘一の理屈は強引なものだ。しかし、否定することもできない。真言が、蒼司は光宣に操られていたという主張を取り下げない限り。

 

『九島殿。七草殿の御懸念は、無視し得ない物だと思われますが、如何でしょう』

 

『……仰る通りです』

 

 

 二木舞衣が中立的な態度に努めながら、真言に話しかける。真言はその言葉を、認めざるを得なかった。ここで否定すれば、自分たちはあくまでも光宣に利用されたという言い分が使えなくなると、事実を知っている達也は九島真言の心境を読み取り、七草弘一が何を考えているのかにも考えを巡らせ始めた。




弘一は相変わらずだな

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