剛毅が何を考えたのかは全員が理解していたし、聞いておくべきだと考えていたので他家の当主が口を挿まなかったのは当然だが、真夜が黙っているのが達也には少し意外に感じられていた。画面越しに達也が自分のことを見ているなどとは気付かずに、剛毅がその舌鋒を真夜へ向ける。
『四葉殿、何故アメリカが御子息の抹殺を目論むのだ』
『さぁ? 彼らの要求を達也がはねつけたからではないでしょうか』
真夜の白々しい物言いは、恍けていることを隠すつもりが無いのだろう。剛毅は真夜の態度を気に掛けることはしなかった。
『ディオーネー計画への参加要求をか? それだけの為に、魔法師の暗殺部隊を送り込んでくるとは思えん。やはり、ご子息に関する噂は事実なのではないか?』
『噂、とは?』
真夜は剛毅の挑発には反応せず、ただ薄らと笑うだけで、剛毅の発言に対して尋ねたのは、七宝拓巳だった。
『朝鮮半島南端を壊滅させた戦略級魔法師――俗に言う「灼熱のハロウィン」を引き起こした戦略級魔法の遣い手は、四葉殿の御子息、司波殿だという噂だ』
剛毅によるこの発言は、形式的には拓巳に対する答えだが、実質的には真夜に対する、そして達也に対する問いかけだった。真夜は相変わらず、冷たく微笑むだけ。
「答える必要を認めません」
回答したのは、達也だった。考慮の素振りもない達也の返答に、剛毅が目を見開き顔を紅潮させる。剛毅が声を荒げる前に、達也が更に言葉を重ねる。
「それはこの会議で話し合われるべき議題ではありません。もしそのような会議であれば、自分はここにお邪魔していません」
『司波殿、それは言い過ぎだ。落ち着きたまえ』
『一条殿も、他家の事情を詮索するような発言は控えるべきかと』
剛毅に対して一切怯む様子もなく、淡々と事実を告げる達也に六塚温子が、達也の発言を受けみるみる顔を赤らめていく剛毅に八代雷蔵が慌てて仲裁に入る。
『……そうだな。不適切な話題だった』
「失礼しました」
剛毅が、言葉だけではあるが、己の非を認め、それを受けて達也が心のこもっていない謝罪を口にした。会議室に、白けた空気が漂い始める。画面に映る当主たちは、モチベーションの低下を隠せない。あるいは、隠す気を無くしている。
『発砲騒動を起こした武装勢力がイリーガルMAPであれば、彼らの狼藉は光宣殿とも、国内の犯罪組織とも無関係でしょう。今回は新ソ連艦隊撤退の隙を突かれる格好で入国されてしまいましたが、今後は国防軍も面子に懸けて警戒を強めるに違いありません』
このままダラダラと長引かせても益が無いと考えたのだろう。三矢元が議論を強引にではあるが纏めに掛かった。
『この件については、我々が関与する必要はないでしょう。ここで問題にすべきは、九島殿の責任についてだと考えます』
『三矢殿の仰る通りかと。光宣殿の魔法に屈服した結果とはいえ、パラサイトが社会を騒がせる手助けをしたのですから』
七草弘一が三矢元の発言に便乗する。父親の姑息な手に会議室で克人の手伝いをしている真由美は恥ずかしさと苛立ちが綯交ぜになった視線を父親に向けているのだが、生憎真由美の事はモニターに映っていないので弘一には届かなかった。
『四葉殿。九島光宣に連れ去られたのは、貴家の使用人です。四葉家としては、九島家にどのようなけじめを求めますか?』
弘一が投げ掛けた問いは、真夜に憎まれ役を押し付けようとするものであった。投げ掛けられた真夜は笑みを崩さずに、視線を弘一が映るモニターから達也が映るモニターに移した。
『そうですね……達也、貴方はどう思いますか?』
「責任を取っていただく必要はないと考えます」
真夜は自分が答えるより達也が答えた方が弘一に対してダメージを与えられるだろうと考えたのだが、達也は最初から自分に振られるだろうと分かっていたので、彼は迷うことなく答えた。
「光宣に操られていたのであれば、九島家のパラサイトの被害者と言えるでしょう。客観的な事実として、九島家は光宣に先代当主を殺害された、第一の被害者。故九島閣下の御葬儀を明日に控えて、そのご遺族を共犯として糾弾するのは、人情としても適当ではないと思います」
『司波殿、よくぞ仰いました』
反論が挟まれるのを恐れたのだろうか。二木舞衣が、彼女にしては少し早口で、賞賛の形を取って達也に同意する。
『司波殿が指摘した通り、九島光宣は九島家前当主を殺害した犯人です。その様な者と、九島家が進んで手を結ぶはずはありません』
『常識的には、そうでしょうね』
八代雷蔵が、やや皮肉な相槌を打つ。だがここで話を蒸し返すのは得策ではないと分かっているので、それ以上は何も言わなかった。
『私も、九島家に償いは必要無いという意見に賛成です。七草殿も、それでよろしいですね?』
『四葉殿がそれでよろしければ、私に異議はありません』
三矢元に念を押されて、七草弘一が神妙な表情で頷く。父親のその反応に再び鋭い視線を真由美が送っていたのだが、やはりその視線は父親に届くことはなかった。
真っ黒だけどここで責めても……って感じなんですかね