劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ネタ元はだいたい分かるだろう


公然の秘密

 真夜や達也は別にして、舞衣、雷蔵、元の発言は十師族の団結に亀裂を入れたくないという意図によるものだ。九島家は現在、十師族の一員ではないが、つい最近までその中核にあった家として他の師補十八家とは一線を画している。ここで九島家を必要以上に追い詰めては、十師族という体制が弱体化するかもしれない。それが彼らの懐く危惧だった。

 弘一も十師族を頂点とする日本魔法界の秩序を壊したいわけではない。彼は、十師族を外れながら今も強い影響力を保持している九島家の地位低下を目論んでいたのであって、共倒れは望んでいなかった。

 

『結構です。それと、司波殿』

 

 

 三矢元は、七草弘一の妥協を引き出しただけでは、矛を収めなかった。

 

「何でしょうか」

 

『確かにこの場は、貴殿の力を暴く場所ではありません』

 

「三矢殿。その話はもう……」

 

 

 克人が元を制止する。だが、元の舌は止まらなかった。

 

『しかし、司波殿。貴殿が彼の戦略級魔法師であることは、今や公然の秘密です。司波殿の行動と発言に国内外の多くの軍事関係者が疑心暗鬼に陥り、脅威を覚え、彼らの過剰反応を引き出す現実を、貴殿はもう少し重く認識する必要がある』

 

 

 元の発言は、嫌悪や悪意に基づくものではなかった。むしろ逆ベクトル、達也の現在と未来を気遣ってのものだと言って良いだろう。三矢家は国内だけでなく、海外の軍事関係者との間にも多くのパイプを持っている。もしかしたら「戦略級魔法師・司波達也」を無力化する謀略の一端を掴んでいるのかもしれない。

 

「御忠告と受け止めます。ただ公然の秘密と言われても、自分には何も申せません」

 

 

 達也もそこは理解しているようだ。それでも、彼の態度は変わらない。達也には、国防軍との約束で自分がマテリアル・バーストの遣い手だと明かすことが許されていない、という事情がある。それに加えて、彼は深雪を経由して詩奈から伝えられた情報を無視できなかった。

 三矢家は、達也のミッドウェー監獄襲撃計画を国防軍に密告している。密告先に達也と関係が深い佐伯を選んだのは、計画が実行に移されるのを阻止する為だろう。穿った見方とは思いつつ、今の発言も自分の手足を縛る為のものではないかと達也は考えずにいられなかった。

 

「それでは、九島家には特に罰を与えないということで、本日の緊急師族会議は閉幕といたします。皆さま、お忙しい中お集まりいただきありがとうございました」

 

 

 克人の宣言で、今日の師族会議は終了となり、各当主たちも軽い挨拶を交わしてモニターの中から姿を消す。克人も後片付けを職員に任せ、早々に立ち去ってしまった。

 

「達也くん、ちょっといいかな」

 

「構いませんよ。ただ、この後ほのかのお見舞いに行く予定になっているので、あまり時間は取れませんが」

 

「あぁ、さっき話題に出てたUSNA軍の非合法工作部隊に攫われたってやつ? 共有スペースで北山さんが顔面蒼白になっていたから何事かと思ったわよ」

 

 

 既に雫や北山家には連絡が行っており、北山潮はほのかを誘き出した偽通知が何処からきたものかを徹底的に調べるように部下に命じた。本来の業務とは異なることだが、潮の憤慨の度合いからただ事ではないと感じ取った部下たちが必死になって出所を探しているが、今のところ発見に至っていない。

 

「それで、先輩はそのことを聞きたかったわけじゃないですよね」

 

「まぁ、その辺りは今日の夜にでもエリカちゃんに聞けば分かるでしょうしね」

 

 

 真由美とエリカの関係は、あまり良いモノではなさそうだが、最低限の会話はしているようだと、達也はそこが気になっていた。もちろん声にすることはないし、表情に出ることもないので、真由美には分からなかったが。

 

「達也くんの秘密、知られちゃってたねって思って」

 

「知られていたとしても、こちらがそれを認めない限り事実として公にすることはできませんから」

 

「でも、達也くんが例の魔法の術者だって知ってるのは国防軍の中でも一握りの人たちだけなんだよね? その人の内の誰かが情報を漏らしたと考えるのが普通じゃない? でも国防軍の人たちがそんなことして、何の意味があるの?」

 

「一条将輝という新しい戦略級魔法師が手に入ったから、自分はもう不要だと考えた人間がいたとしても不思議ではないと思いますが。自分より一条将輝の方が軍の言うことに素直に従うでしょうし、御しやすさでも比べるまでもありませんから」

 

「それ、自分で言っちゃうんだ……」

 

 

 真由美も薄々感じ取ってはいたが、達也と将輝とでは御しやすさに雲泥の差がある。自分たちの言うことを素直に聞かないであろう達也の自由を縛る為に、秘密を明るみに出してしまおうと考える人間がいても不思議ではないと、そう素直に思えたのだった。

 

「まぁ、三矢家や一条家が何処から情報を得たかなんて、調べるまでもなく何となく分かりますが」

 

「えっ、何処よ?」

 

「先輩には関係ありませんよ。まぁ、近い内に決着になると思いますが」

 

「物騒なことだけはしないでよね? いくら戦略級魔法師がいるからと言って、国防軍を消し去っていいわけじゃないんだから」

 

 

 真由美に言われるまでもなく、達也は国防軍を消し去ろうなど考えていない。ただ自分に過干渉してくる相手を大人しくさせることだけは、この時既に頭の中にあったのだった。




達也を御せる人間などいるのだろうか

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