七月十四日、日曜日。午前九時。風間中佐は、予定通り硫黄島に向けて飛び立った。風間の副官の藤林中尉は祖父・九島烈の葬儀に参列する為、既に奈良に発っている。本日の同行者は柳少佐と独立魔装大隊の下士官、兵卒数名だ。
それに加えて、厳密に言えば同行者ではないが、ジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・J・ジョンソンの両名。二人はオーストラリア軍の魔法師だ。この春、破壊工作の現行犯で逮捕して、昨日まで軍事刑務所――捕虜収容所とは別の、捕虜ではない敵性戦闘員用の監獄――に収監していたが、本日解放の運びとなっている。風間の役目は、硫黄島まで引き取りに来ているオーストラリア軍の代表に二人を引き渡すことだ。
ジャスミン・ウィリアムズとジェームズ・J・ジョンソンの二人にも、解放の件は伝えてある。両名ともかなり驚いていたが、殊更疑心暗鬼に陥っている様子もない。その態度は、大人しいものだ。どうやら今日の任務は穏便に終わりそうだと考えながら、監視だけは怠らないよう風間は輸送機内で部下に改めて命じた。
一方、風間たちに遅れること三十分。達也は深雪とリーナを連れて、兵庫が操縦するVTOLに乗り込んだ。目的は水波を追跡する手段の確保。具体的には、北西ハワイ諸島まで飛行可能な四人乗りエアカーの開発状況の確認と催促だ。
達也はまだ、ミッドウェー島やパールアンドハーミーズ環礁までエアカーで飛んでいくとは決めていない。往復にエアカーを使うのは、どちらかと言えば最終手段だ。四千キロを超える距離を飛んで、その直後に戦闘へ突入するのは自分でも無謀だと思っている。米軍の艦船をシージャックする方がまだ現実的だろう、というのが達也の考えだった。そういう、第三者的にはいかれたプランを胸に懐きながら、達也は巳焼島へ飛び立った。
その頃、硫黄島には西から航空母艦が近づいていた。オーストラリア軍の艦船ではない。イギリス海軍の空母だ。硫黄島まで一時間弱の海域で、小型の極超音速輸送機が空母に接近する。これもイギリス軍のものだ。輸送機はそのまま、アングルド・デッキに着艦した。
他方、巳焼島にも西から航空機が近づいていた。ただしこちらは、福岡国際空港を飛び立ったビジネスジェット、国内便のチャーター機だ。その小型ジェット機は、達也たちの到着に一歩先んじて、巳焼島の飛行場に着陸した。
達也、深雪、リーナを乗せたVTOLが巳焼島に到着したのは、午前十時過ぎのことだった。所要時間はフライトプランの通り。あらかじめ連絡してあったので、迎えの車を待つ必要もなかった。ただ、送迎車の行き先が予定とは違った。
車はそのまま島の東部にある研究所を目指すのではなく、西部海岸沿いの、かつては魔法師用監獄の管理スタッフが駐在していたビルに向かう。その旧所長室。つまり最も質の高い内装をより豪華に改装した部屋で達也を待っていたのは、四葉家当主・四葉真夜だった。ソファに腰掛けている彼女の背後には葉山が控えている。
同行している兵庫へ思わず振り向いたのは深雪。しかし兵庫は「濡れ衣です」という表情で小さく首を横に振る。真夜が巳焼島に来ていることは、彼も報されていなかった。とにかく、驚いてばかりはいられない。達也が真っ先に、真夜に対して挨拶を述べる。すぐに深雪が、その後に続き、リーナがまごついていたが、結局無言のお辞儀を選択した。
真夜に椅子を勧められて、達也が三人掛けのソファの右側に腰を下ろす。達也の隣、ソファの中央に深雪、深雪を挟んで達也の反対側にリーナが腰を掛けた。ちなみに達也の正面には、二人掛けのソファの左側に座った真夜がいる。
「いきなりごめんなさいね」
「いえ。それで、ご用件を伺っても宜しいでしょうか」
「そうね。遠来のお客様を、あまりお待たせしては申し訳ないし」
その言葉を聞いて、達也は「おやっ?」と思う。真夜のセリフは、彼女の客ではなく自分への客であるように、達也には聞こえた。だが言うまでもなく、達也に来客の心当たりはない。
「昨日ゆっくりお話し出来なかったから。やはり、確認しておかなければと思って」
「何をでしょう」
「聞くまでもないことかもしれないけど、達也さん。貴方はこれからどうするつもり?」
抽象的な問いかけだったが、達也は勘違いする事は無く、ハッキリと答える。
「水波を取り戻しに行きます」
「そう……水波ちゃんが何処にいるのか、分かっているの?」
「はい。水波を拉致した輸送艦は現在、北西ハワイ諸島に向かっています」
「そんな所まで、どうやって行くつもり?」
「それはまだ検討中です」
「そう……達也さん」
今まで受け身だった真夜の表情が、当主のものに変わる。
「二、三日待ちなさい」
「……何故、とお尋ねしても良いですか?」
「良い報せでも悪い報せでも、隠さずに教えてあげますから」
真夜は達也の質問に答えなかった。ただ彼女に何か腹案があるということは、達也だけでなく深雪にもリーナにも分かった。
「分かりました。ご命令に従います」
達也は真夜に向かって、承諾の意志を込めて一礼した。それを見た真夜は、満足そうに頷いたのだった。
四葉家が協力的だと色々楽なんだろうな