実はストレートティーがあまり得意ではないリーナだが、葉山が準備したアイスティーはミルク、シロップ抜きでも飲みやすかった。苦みが無いのではなく、気にならない。むしろそれが旨みに感じられた。美味しい物を口にして、緊張が少し緩む。きっとそれは、真夜たちの手口だったのだろう。
「貴女には、できればずっと深雪さんの護衛を続けて欲しいのだけど。もちろん、達也さんと結婚はしてもらいますけど」
真夜の言葉を聞いて、リーナはアイスティーを吹き出すのではなく呑み込んだ。運よく気管に入らなかったので咳き込まずに済んだが、返事をするのに一呼吸以上の時間が必要になる。
「リーナさんは今後、どうするつもりなのかしら。ずっと隠れて生活する? それとも、堂々とUSNAに絶縁宣言をする?」
いきなり突き付けられた、重い選択。だが他人から迫られるのが初めてというだけで、自分の中ではずっと悩んでいることだった。
「……去年の二月、私は達也に、スターズを辞めたいなら力になると言われました」
真夜が軽く目を見張って驚きを表す。半分は演技だが、半分は本物だ。この話は真夜も、報告を受けていなかった。
「その時は『スターズを辞めたいなんて思っていない』と私は答えました。でも今は……」
「辞めたくないの?」
「分かりません。いえ、迷っています」
リーナは既にスターズを退役したのだが、USNA軍の書類上はまだ正式に除隊していないことになっている。その所為でエドワード・クラークの護衛として指名され、USNAに戻らなければいけなくなり、パラサイトたちの叛乱に巻き込まれて逃げ帰ってくることになったのだ。
リーナは考えを纏める為か、膝の上に置かれた自分の両手を見詰めるように目を伏せる。真夜はリーナが自分の中で考えを纏められるまで、その姿をじっと見つめている。
「ステイツが嫌いになったわけじゃないです。今でも、アメリカに対する愛国心は消えていません。でも祖国は私を……私を必要としてくれているのは……」
スターズ本部基地を追われた日のことを思い出したリーナが声を震わせる。
「そう簡単に決められることではないわよね。結論を急がなくても良いですよ」
真夜が、表面的には優しく、慈愛に満ちた表情でリーナを慰める。
「……ありがとうございます」
「もし結論が出たら教えてちょうだい。スターズと全面戦争になることになっても、我々四葉家は貴女の味方ですから」
「ありがとうございます」
「ですが、ご両親には連絡をしておいた方が良いのではなくて?」
「いえ……両親とは軍に入って以来、ほとんど会っていませんし」
「電話は?」
「電話も、手紙もです」
リーナは、家庭的にはあまり恵まれていない。高過ぎる魔法資質が禍してか、軍人になる前から家族からも親族からも敬遠され気味だった。容姿が整い過ぎていたのも、彼女の場合は愛情を遠ざける一因になっていた。
それにしても、彼女が軍にスカウトされたのは十歳になるかならないかの頃だ。その後すぐに入隊して、それからほとんど会いに来ないというのは、親として薄情すぎると思われる。もしかしたらリーナの知らないところで、軍か政府の力が働いたのかもしれない――例えば、国家公認戦略級魔法師の身柄秘匿策の一環などの理由で。
「そうなの……ゴメンナサイ、嫌なことを聞いて」
真夜はリーナの話を聞いて、単純な親子仲以外の事情を推測した。だがそれはおくびにも出さず、同情を込めた声を掛けた。
「いえ。もう割り切っていますので。ですから、両親に関しては連絡しなくても大丈夫です」
「分かりました。さっきも言ったように、私たちは貴女の味方ですから」
「はい」
リーナは座ったまま、真耶に向かって頭を下げ、グラスに残っているアイスティーを飲み干し一息ついた。
「あらあら、そんなに緊張していたのかしら?」
「そういうわけではないのですが……いえ、そうかもしれませんね。いくら達也の母親で、深雪の叔母だと分かっていても、四葉家当主の肩書はそれなりに身構えてしまうものでした」
「リーナさんは海外の人ですものね。日本国内でもあまり関わり合いたくないと思われている相手と正面切って話すのは緊張するわよね」
リーナが素直に話したことに真夜は彼女の評価を一段階上に修正する。リーナからすれば表面を取り繕うのが苦手なので正直に話したに過ぎないのだが、真夜は彼女の事情をそこまで正確には知らないのだ。
「この後私はどうすれば? 達也たちと合流すれば良いのでしょうか?」
「あちらの話に貴女が加わっても意味はないでしょうね。興味があるのなら構わないのだけど、もしあまり興味が無いのならお願いしたいことがあるのだけど」
「お願いしたいこと、ですか?」
達也たちが何を話しているのかリーナは知らないが、あの四葉家当主からのお願いが気になり、思わずそう問い返した。
「えぇ。巳焼島で生活していたことのある貴女だからこそできることがあるのですが」
「えっと、何でしょうか」
研究施設の壁を結構な回数破壊していたリーナとしては、どんな無理難題を押し付けられるのかとビクビクしていたのだが、その心構えは良い意味で無意味となった。
やっぱりどことなく漂うポンコツ臭……