劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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USNAやイギリスよりよっぽど考えてる


チャンドラセカールの考え

 真夜とリーナが一対一で会話をしている頃、達也とチャンドラセカールの方でも具体的な会話が始まっていた。

 

「ミスターは、現在の魔法師の境遇についてどう思われますか?」

 

 

 チャンドラセカールが達也に尋ねる。なおこの場では達也を「ミスター」、深雪を「ミス」、チャンドラセカールを「博士」という呼び方が定着していた。

 

「もっと具体的に言うと、各国政府による魔法師の管理の在り方についてです」

 

 

 達也は少し考えてから答えを返す。

 

「政府の側から見れば、それなりに機能しているのではないでしょうか」

 

 

 あくまでも「それなりに」。また「政府の側から見て」という条件付きだ。チャンドラセカールは、達也の意図を正しく理解した。

 

「そうですね。どの国の政府も、新ソ連や大亜連合でさえも、魔法師の管理が十分とは考えていないでしょう」

 

「おそらく」

 

 

 チャンドラセカールの言葉に、達也が小さく頷く。

 

「そして魔法師の側から見れば、全く満足できるものではありません」

 

「………」

 

 

 今度の達也の反応は、ノーコメントだ。チャンドラセカールはそれを気にせず、持論を展開する。

 

「現在の世界は、魔法師の人権が軽視されすぎています。少なくとも民主主義社会においては神聖不可侵のものであるべき基本的人権が、魔法師には認められていません。あるいは、容易に制限され、侵害されています。魔法師の軍事利用は、それが最も顕著に表れている分野です。徴兵制を廃止している国家も、魔法師に限っては事実上の徴兵制を維持している。魔法師はそうでない国民に比べて、差別的な取り扱いを受けているということです」

 

 

 達也はチャンドラセカールの熱弁を、驚きを持って聞いていた。彼女は『アグニ・ダウンバースト』だけでなく他にも多くの軍事用魔法を開発し、魔法師を政府に役立ててきた側の科学者である。チャンドラセカール自身も魔法師だが、彼女の力は弱く戦力としては役に立たない。逆に言えば、彼女は政府に利用される魔法師ではなく、魔法師を利用する政府の側の人間だということだ。少なくとも、これまではそうだった。

 

「一方で魔法師以外の市民は、魔法師は武器を持たずに自分たちを殺傷する力を持っている危険な生き物だから、その自由をもっと強く制限すべきだと主張しています」

 

「それは一部の反魔法主義者だけではないのですか?」

 

 

 思わず口を挿んだのは深雪だ。達也は依然として、沈黙を守っている。チャンドラセカールの顔が曇る。その表情は憂鬱に囚われているだけでなく、怒りを抑え込んでいるもののようにも見えた。

 

「ドイツとフランスでは政府の主導で、魔法の発動兆候を感知して電気ショックを与え、装着者を無力化する首輪の開発が進められています。完成すれば、魔法師にこの首輪の着用を義務付ける法案が提出されるでしょう。イギリスを除くヨーロッパ諸国が多数これに倣い、やがては世界の多くの地域に広がるでしょうね」

 

「そんな! まるで家畜扱いではありませんか!」

 

 

 深雪が怒りに震える声で叫ぶ。チャンドラセカールは、深雪を宥めようとはしなかった。

 

「そうですね。奴隷どころか家畜です。しかし一部の過激な反魔法主義者だけでなく、一般的な市民の間にもそのような考えが広まりつつあるのです」

 

「そんなことが、許されるはずはありません!」

 

「ええ、ミスの仰る通りです。私もそう思います。……過去の私は、魔法師を国家にとって不可欠な戦力とすることで、その社会的な地位を確保しようとしてきました。しかしもう、考えを変えました」

 

「何か、具体的なプランをお持ちなのですか?」

 

 

 達也が抑制の効いた口調でチャンドラセカールに尋ねる。達也の冷静な口調を聞いて、深雪が少し落ち着きを取り戻し、チャンドラセカールも視線を深雪から達也に戻した。

 

「もはや魔法師は、自分で自分の権利を守らなければならない段階に来ていると考えます。それも一国家単位ではなく、国境を越えて団結すべきです」

 

「博士は魔法至上主義者に与するおつもりではありませんよね?」

 

「違います。あれはあくまでも、反魔法主義に対する感情的な反発から生まれた組織です。私が考えているのは魔法師以外の市民と敵対するのではなく、併存しながら魔法師の権利を守る穏健で組織的な運動です」

 

「併存? 共存ではなく?」

 

「市民の魔法師に対する恐怖はマスヒステリーを引き起こすレベルにまで高まっています。ドイツとフランスがいい例です。そして申し上げにくい事ながら、今の状況を作り上げてしまったのは二年前の『灼熱のハロウィン』。ミスターの戦略級魔法です」

 

 

 達也はチャンドラセカールの言葉を、「あれは自分ではない」と否定しなかった。

 

「国家の決定ではなく個人の気まぐれで、自分の頭上に核兵器が撃ち込まれるかもしれないと考えて正常な判断力を保てる人間は少ないでしょう。無論、ミスターはそのような分別の付かない人間ではないと、私は確信しています。しかし多くの市民は、そうは思わない。ミスターの人格を知ろうとしないどころか、ミスターの顔さえ見ようとしないに違いありません。彼らはただ、破壊的な力を持つ魔法師として、死と破壊そのものとして、素性も知らず名前も分からないまま、ミスターを恐れています」

 

 

 チャンドラセカールの言葉に深雪は内心焦りを覚えていたが、達也はあくまでも無表情で彼女の言葉を聞いていた。




深雪はもう少し動揺する回数を減らさないと

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