劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通は想像しないよな……


引き渡し相手

 午前十一時。風間と彼の部下、解放予定のオーストラリア魔法師を乗せた輸送機は、予定の時刻に硫黄島へ着陸した。虜囚引き渡しの相手は、既に到着している。

 

「オーストラリアの艦船ではない? あれは……ロイヤルネイビーの空母『ジブラルタル』か?」

 

「イギリス海軍の『ジブラルタル』で間違いないようです」

 

 

 訝し気な風間の呟きは独り言ではなく、九島烈の葬儀に出席する為に連れてくることができなかった副官の藤林中尉の代わりに従卒として連れてきた楯岡曹長が風間の、声量を絞った問いに答えた。

 イギリスは今のところ、日本の友好国だ。ロイヤルネイビーの艦船が日本に寄港していること自体に問題は無い。

 

「本部に通信。囚人解放の相手はロイヤルネイビーで間違いないか、問い合わせろ」

 

 

 しかし、工作員として捕えた魔法師を引き渡す相手としては、話が別だ。護送してきた工作員の国籍はオーストラリア。イギリスが引き取りに来るとは、少なくとも風間は聞いていない。第一〇一旅団本部からの答えは、すぐに返ってきた。

 

「旅団本部から回答。問題なく、引き渡すべしとのことです」

 

「オーストラリアがイギリスに引き取りの代行を依頼したのか……?」

 

 

 今度の呟きは、正真正銘の独り言だ。風間は心の裡を思わず零してしまう程、激しく戸惑っていた。諸国連邦(イギリス連邦)は構成国を大きく減らしてはいるが、形式上存続している。オーストラリアは今でも諸国連邦の一国であり、イギリスとオーストラリアは親密な同盟関係にある。かなり有力な一説によれば、オーストラリア軍の魔法師部隊はイギリスのノウハウによって育成・組織されていると言われている。

 しかしそれが事実だとしても、オーストラリア軍の工作員をイギリス海軍が引き取りに来るのは、普通では考えられない。諸国連邦に所属し同盟国関係にあるといっても、オーストラリアは独立国。それにイギリスよりもオーストラリアの方が、圧倒的に日本に近いのだ。オーストラリアがイギリスに、虜囚となった工作員の受け取りを依頼しなければならない理由は思い当たらない。

 

「(オーストラリアのニーズではないとすれば……イギリス側の事情か)」

 

 

 薄々感じていたことだが、どうやら本当に引き渡さなければならないのは工作員より預かってきた書状らしい。風間は内ポケットにしまった封筒を意識しながら、そう考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 囚人解放のイギリス側代表と顔を合わせて、風間の当惑はますます激しいものになった。佐伯の命令は、誤解の余地がないものだ。彼女の手紙を、囚人引き渡しの相手側責任者に渡す。それでも本当に、おそらくは軍事上の重要事項が記された書簡をこの相手に渡して良いのかという迷いが脳裏から消えなかった。イギリスの代表は彼の国の国家公認戦略級魔法師、ウィリアム・マクロードだった。

 

「(何故『十三使徒』がここに……?)」

 

 

 風間でなくても、そう思っただろう。確かに、全くあり得ない展開ではなかった。今日解放する囚人の一人、ジャスミン・ウィリアムズは、戦略級魔法と呼べる規模には達していないが『オゾンサークル』の遣い手だ。この魔法を開発したのは他ならぬウィリアム・マクロード。またジャスミンは遺伝子設計で作り出された調整体魔法師であることが、訊問と精密検査で分かっている。この調整技術を提供したのは、高い確率でイギリスだ。オーストラリアの科学技術は決して遅れていないが、第三次世界大戦当時、防衛政策として事実上の鎖国を選択したことで軍事技術としての魔法関連技術が育たなかった経緯がある。

 だから、ウィリアム・マクロードとジャスミン・ウィリアムズには浅くないつながりがあると、この場に来る前から推測されていた。しかしそれでも『十三使徒』のような大物が、最低限の護衛しか伴わず他国の軍事基地に赴くなど、信じ難いことだ。確かにマクロードは、空母を連れてきている。正確には、空母に乗ってきた。だが航空母艦はその名の通り、航空機の移動基地としてこそ意味がある。港に停泊している空母に戦力としての価値はない。艦自体に攻撃力は無く、搭載機は発艦の瞬間を狙い撃たれてジ・エンドだ。

 またマクロードは自身も戦略級魔法師として一大戦力だが、彼の魔法は『オゾンサークル』。一定領域内の酸素をオゾンガスに変換するものだ。この状況でオゾンサークルを使えば、自分も味方も巻き込んでしまう。佐伯の書状には、「万が一の時には戦略級魔法師を失ってもいい」とイギリスが覚悟を決める程の価値があるのだろうか……? 風間は封を破って中を盗み読みしたいという衝動を堪えながら、囚人引き渡し完了後、マクロードに佐伯から預かった封筒を渡した。マクロードは気負った風もなく、その場で封を切り立ったまま便せんに目を通す。読み終えたマクロードは「承知しました」と告げながら、風間に封筒と便箋を渡した。

 

「……小官が読んでもよろしいのですか?」

 

「どうぞ。その方が、誤解が無いと思います」

 

 

 風間は部下に離れるよう告げた。それに応じて、マクロードは護衛と従卒に退室するように命じる。風間はその対応に驚きながら、改めて部下に退室を命令。二人きりになった室内でマクロードにソファを勧め、自分も腰を下ろして便箋を広げた。




またろくでもないことを……

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