劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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まぁ、絶対に目立つよな……


会場のざわめき

 佐伯の肉筆と分かる英文は、それほど長くなかった。風間が読み終えるのを見計らって、マクロードが口を開く。

 

「新ソ連の日本海南下は、私にとっても予想外の軍事行動でした」

 

 

 最初のフレーズは、一見、書状の内容と無関係なものだった。

 

「私がディオーネー計画に協力したのは、戦略級魔法マテリアル・バーストが連合王国に向けられるのを防ぐ為です。それ以上のことは望んでいません。前途ある若者の自由と将来を奪うのは、私の本意ではありませんでした」

 

 

 マクロードの言う「前途ある若者」が達也を指しているのは、文脈から明らかだ。

 

「また彼の恒星炉プラントプロジェクトは、極めて有意義なものだと私は評価しています。その邪魔をするのは文明社会にとって小さくない機会損失が予想されますが、それ以上に、私たち魔法師にとって大きなマイナスとなるでしょう」

 

 

 マクロードの思いがけない高評価に、風間は相槌さえも、適切な言葉を思いつかない。

 

「恒星炉プラントに関する評価は、私個人の感想に過ぎません。しかし新ソ連艦隊の南下は、そうではない。ディオーネー計画では共謀関係にあった私とベゾブラゾフ博士ですが、日本への軍事侵攻は、たとえ見せかけだけのものだったとしても許容できません」

 

「……それは、連合王国としてですか?」

 

「ええ。王国としてであり、連邦としてでもあります。先程も申しましたが、マテリアル・バーストが連合王国に向けられることはないという保証さえいただければ、私たちが敵対する理由はありません」

 

 

 風間は、今読んだばかりの書状に書かれていた提案を思い出した。佐伯がマクロードに申し出たのは『戦略級魔法師管理条約』の実現に向けて手を結ぶこと。彼女が作成した条約概要は、存在が明らかになっている戦略級魔法師を国際魔法協会に登録し、所属国家が管理することを義務付けるという内容だ。

 管理を義務付けるとは、その行動に責任を取るということと同義。だがいったん使用された戦略級魔法、特にマテリアル・バーストが引き起こす結果に、責任など取りようがない。だとすれば、戦略級魔法師を自由に魔法を使えない状態で拘束するということになるだろう。

 この条約が佐伯の意図通りに締結され発効されても、政権と利害を共にしていたり、国家の重鎮、政府の代理人であるような魔法師にとっては、何の変化もない。だが政権と距離を置いている魔法師にとっては、自由を大幅に制限される結果となるのが避けられない。

 

「(いや、分かっている。真の標的は達也だ。閣下は達也を四葉家から引き離しただけでは満足しないだろう。達也の自由を徹底的に奪うつもりに違いない。個人としての権利を尊重するには、あの魔法は威力が大きすぎる)」

 

 

 風間も軍人としての論理だけに基づけば、そう考えてしまう。心の底から湧き出す苦い嫌悪感と共に、彼はそれを認めずにはいられなかった。その様な考えを懐いてしまう自分に、風間は深刻な自己嫌悪を覚えた。

 

「少々時間はいただくことになると思いますが、条約案協議の為の国際会議開催については、できる限りのことをさせていただきます。佐伯閣下には、そのようにお伝えください」

 

「承知しました、閣下」

 

 

 協力を約束するマクロードに対して、風間は立場上、感謝の印に頭を下げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後一時五十五分。日本魔法界の長老・九島烈の葬儀は奈良市の大型ホールで五分後に開式予定だ。既に準備は調い、喪主、遺族は全員着席済み。会葬者席も殆ど埋まっている。

 会場の入り口がざわめく。予定より早く僧侶が入場したのかと勘違いした人々が振り返り、そのままの姿勢で固まった。入ってきたのは三人の男女。ほぼギリギリの駆け込みだが、ざわめきはそれを非難する声ではない。意味を成さない、感嘆のため息ばかりがあちこちから漏れている。

 二人の女性と一人の男性。女性は二人とも美しかった。年上の婦人は、精々三十歳そこそこに思われた。一目でその女性に気づいたものは彼女の実年齢を知っていたがそれより十五歳以上若く見える。彼女は瑞々しく、艶めかしく、華やかだった。

 若い方の女性は見た目も実年齢も十代後半。まだ少女と呼べる年頃だが、大人の色香も漂い始めている。人々は少女の美しさを形容する言葉を己の内に探したが、どうしてもしっくりこない。少女はただ、美しいとしか表現できなかった。

 二人の背後に付き従う青年、あるいは少年は、婦人と少女に比べれば平凡な外見だったが、それなのに婦人の艶と少女の美に、存在がかき消されていない。そして、それを不自然だと人々に思わせなかった。

 三人が席に着く。そこでようやく、彼らの目を釘付けにしていた呪縛が解けた。嘆声が、囁き合う声に変わる。

 

「……あの美しい少女はいったい何者だ? 本当に、生身の人間なのか……?」

 

「……知らないのか? 彼女は第一高校の司波深雪嬢だよ」

 

「……男の方は司波達也だな。間違いない」

 

「……あのトーラス・シルバーか?」

 

「……おい。あのご婦人は、四葉家の女当主じゃないか……?」

 

「なにっ? ……確かにそうだ。四葉真夜殿ご本人だ」

 

「こんなに人が大勢集まっている場所に顔を出すなんて……いったい、何年ぶりだ?」

 

 

 人々の噂話は、司会者が導師の入場を告げるまで続いた。




真夜さんは若々しいし、深雪は美少女だし、達也は有名人だし……

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