劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ハブるのがあからさま


葬式後

 葬儀は導師が退場し、司会者が閉会を告げるまで四時間を要した。焼香に来た会葬者がそれだけ多かったのだ。既に死亡日から二週間が経っているので、葬儀の流れは通常と異なっている。出棺には直系親族のみが同行し、葬儀後の会食は真言の妻の実家である富士林家が取り仕切っている。なお響子の実家の藤林家と真言の妻の実家の富士林家は家系図上の遠い親戚だが、少なくとも前世紀以降の記録を辿る限り姻戚関係は無い。むしろ富士林家は今日の葬儀を見る限り、藤林家に隔心があるようだった。藤林家の者が手伝いを申し出ても、丁重に断りを返す。もしかしたら光宣の誕生に関する明かされてはならない事情――光宣の遺伝子上の母親は藤林家に嫁いだ真言の妹――が、両家の関係に影響しているのかもしれない。

 それでも、一昨日のことが無ければ受付のアシストくらいはさせてもらえたかもしれない。藤林家には、この場で何の役目も与えられていなかった。藤林家の当主である藤林長正が九島烈を殺した光宣の逃亡を助けたことで、今日、徹底的に阻害されることになっていた。

 藤林響子中尉は、葬儀が終わって途方に暮れたように会食会場の隅で立ち尽くしていた。何も仕事が無い。何もさせてもらえない。それが予想以上に、心が痛い。この苦しみは、謝罪すらさせてもらえなかった昨日も感じたものだ――響子はそう思っていた。

 

「……それにしても、間に合って本当に良かったわ」

 

「そうですね。私も少し不安でした」

 

「あんなに話し込む予定は無かったのだけど。達也さんのお話が面白過ぎた所為ね」

 

「……申し訳ありません」

 

 

 そんな心理状態だったかもしれない。会食会場を後にしようとしている母と息子、姪の会話に割り込んでしまったのは。

 

「あのっ!」

 

「あら? 藤林家のお嬢さんですよね?」

 

 

 響子のぶしつけな声に、四葉真夜が笑顔で応える。

 

「はい、藤林響子です。本日は祖父の為に、遠いところをありがとうございました」

 

「私は先生の教えを受けた身ですもの。たとえ地球の裏側にいてもお見送りには参りますわ」

 

「祖父も喜んでいると思います」

 

 

 響子は決まり文句を返した後、躊躇いを押し切って真夜に尋ねる。

 

「……少し、お時間をいただけませんか?」

 

「良いですよ」

 

 

 響子が微かな驚きの表情を浮かべたのは、真夜の快諾が予想外だった為だろう。

 

「場所を変えましょう。貴女も、こんなことで注目されるのは嫌でしょう?」

 

「……はい」

 

 

 この場には軍の関係者も、魔法協会の関係者もいる。四葉家だけでなく、一条家、二木家、七草家の当主も来ている。他の十師族も当主の名代を派遣してきているし、師補十八家も当主か代理人がこの場に集まっている。響子がしようとしている話も、真夜がしようとしている話も、他人に聞かれるのは好ましくなかった。

 

「葉山さん」

 

「はい、奥様」

 

 

 いつの間にか真夜の背後に立っていた葉山が恭しく応える。響子の顔に動揺が過ったのは、彼女は葉山が何時何処から近づいてきたのか、認識出来ていなかったからだ。

 

「こちらのお嬢さんとゆっくりお話ししたいのだけど、何処かに個室を用意できないかしら」

 

「車を呼んでございますので、まずはそちらへご案内致します」

 

「そうね。藤林さんも、よろしいかしら」

 

「……はい、構いません」

 

 

 響子は一瞬躊躇いを見せたが、ここに残っていてもどうせすることはない。そう思い直して真夜の誘いに頷いた。

 

「達也さんと深雪さんは、東京に戻って良いですよ」

 

「かしこまりました」

 

 

 真夜の言葉に、達也が承諾の返事を返す。真夜は「良いですよ」と許可を与える言い方をしているが、実質は命令だ。真夜には、響子との話し合いに達也と深雪を同席させるつもりがないのだ。二人は、それを誤解しなかった。

 

「達也様、深雪様」

 

 

 今度は何時の間にか達也の斜め後ろに控えていた兵庫が、達也と深雪に話しかける。

 

「離陸準備は整っております」

 

 

 巳焼島でゆっくりし過ぎた達也たちは、小型VTOL二機に分乗して葬儀会場に駆け付けたのである。その内の一機は兵庫が操縦して調布のマンションから乗ってきた物だ。真夜の帰りの足は別にもう一機あるから、達也としても深雪としても遠慮する必要は無い。

 

「分かりました」

 

 

 達也は兵庫にそう応えた後、真夜に向かって一礼する。

 

「母上。いったん、ここで失礼します」

 

「叔母様、失礼致します」

 

「ええ、気を付けて」

 

 

 真夜はこの言葉で二人を帰らせた。遠ざかっていく達也の背中を、響子は何か言いたげな視線で見つめていたが、結局言葉が出てこず、何も無いまま達也は会場から出ていってしまう。

 

「さて藤林家のお嬢さん。私たちも行きましょうか」

 

「……はい、分かりました」

 

 

 特に威圧されたわけではないのだが、真夜の言葉には断れない雰囲気があった。もちろん響子の方から誘ったので断る理由は無いのだが、何となく二人が連なって会場を出ていく光景は、響子が連行されているように周りには見えていた。

 

「何があったんだ?」

 

「さぁ? 四葉家の女当主に何かしたんじゃないのか?」

 

「あの人は藤林家の娘だ。当主がしでかしたことを聞かれるんじゃないのか」

 

 

 事情を中途半端に知っている人々がひそひそと話している内容を、真夜たちは知りもせずに会場から出ていくのだった。




中途半端にしか事情を知らないとこう勘違いする

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