車を呼んである、という葉山のセリフは、慣用句的な「ハイヤーを手配した」という意味ではない。言葉の通り「自走車を持って来させた」という意味だった。真夜が九島烈の葬儀に出席することは、以前から予定されていた。当主が移動手段を必要とする事態に備えて十分な性能の自走車を用意しておくのは、四葉家にとって当たり前のことだった。
葉山が助手席に乗り、護衛兼運転手が運転レバーを握る。後ろから護衛四人を乗せた車がついてくる徹底ぶりだ。
個室は葉山が手配するのではなく、響子が藤林家行きつけの小さなレストランに案内した。真夜は特に警戒している様子も見せずに、テーブル席に腰掛ける。葉山が真夜の背後に立ち、護衛が部屋の四隅を固める。緊張を隠せないのは響子の方だった。
とはいえ立ったままでは話もできないし、第一、自分から声を掛けたのに警戒して座らないというのは失礼だ。響子は四葉家の戦闘員に背中を曝す態勢に内心でビクビクしながら真夜の向かい側に腰を下ろした。そして、息を整え、真夜に深く頭を下げる。
「まずは、謝罪させてください。一昨日は父が大変申し訳ないことを致しました」
そのままの姿勢で、響子は固まった。
「藤林長正が、九島光宣の逃亡を支援した件かしら?」
「父が桜井水波さんの誘拐を手助けした件です」
顔を伏せたまま、響子が真夜の質問に答える。
「そのことでしたら、貴女が謝る必要はありませんよ。長正殿にはあの方なりの理由があったのでしょうから。その結果、お父様は深い傷を負って入院中です。お父様はご自身で、既に十分な罰を受けられていると思いますよ」
「ですが……」
それは敗者が甘受すべき痛みであって、罪人が追うべき咎ではないのではないか。響子はそう言おうとしたのだが、真夜のセリフはそこで終わりではなかった。
「それに家の水波が連れ去られてしまったのは、貴女のお父様の所為ではありませんから」
「えっ?」
思いがけない真夜の言葉に、響子が心の中で組み立てていたセリフは霧散し、彼女は思わず頭を上げた。真夜は口惜しそうに顔を顰めていた。
四葉家の当主がこんな顔を見せるとはまるで予想していなかった響子は、謝罪を忘れて思わず「それは、どういう……?」と尋ねていた。完全な質問文にさえならなかった響子の問いかけに、真夜は答えなかった。
「お父様が達也の邪魔をしなくても、一昨日の追跡は失敗していました。ですからもう、貴女が気に病む必要はありませんよ」
真夜は瞬きの間に笑顔を取り戻し、響子を優しく慰めた。八雲の介入は、軍にも警察にも観測されていない。街中に張り巡らされたセンサーにも、偵察衛星にも、成層圏プラットフォームの監視装置にも、八雲と達也の戦いは記録されなかった。自分だけでなく戦っている相手の姿と痕跡まで隠してしまう八雲の技量は、響子の想像を大きく超えている。その為、自分の父親以外の邪魔が入ったことすら、響子は認識も推測もしていなかった。
故に、響子には真夜の言っている意味が理解できない。だが被害者の側の真夜が「責任無し」と言っているのに、響子が「自分の父親の所為だ」と主張し続けるのもおかしなことだ。
「……お気遣い、ありがとうございます」
響子はそういう言い方で、真夜の言葉を受け容れた。
「その様子ですと、達也に謝罪をしようとして断られたんじゃないかしら?」
「い、いえ……電話越しの謝罪だけで十分だと言われましたが」
「あの子は頭は良いのに配慮に欠けますからね」
真夜の表情が息子を心配する母親のものに変わったのを受けて、響子は真夜には達也の真意が理解出来ているのだと思い、彼女の言葉の続きを待つ。
「達也が貴女にどのような言い方をしたのかは分かりませんが、あの子は単純に、貴女から謝罪される必要を感じていなかっただけだと思いますよ。先程申し上げたように、貴女のお父様――藤林長正殿の邪魔が無かったとしても、昨日の追跡は失敗していたわけですから」
「達也君が苦戦するような相手が、水波さんの追跡の邪魔をしたのですか?」
「あちらさんの思惑としては、水波さんではなく九島光宣を国内から追いやりたかったのでしょうけども」
真夜のその言葉で、響子は達也の邪魔をしたおおよその相手を理解した。個人を特定することはできなくても、妖魔を毛嫌いしている集団が、国の裏側にいるということは彼女も知っている。その命を受けた誰かが、達也の妨害をしたのだろうと。
「貴女も達也の婚約者なのだから、もう少し言い方があったとは思いますが、あの子には人らしい感情が欠けてしまっていますからね……もし貴女を傷つけてしまったのなら、母親として謝罪します」
「い、いえ……私も達也君の真意を確かめようともせず、勝手に謝られても意味が無いと解釈してしまいましたので」
実際達也は響子に謝られたからといって、水波が手元に戻ってくるわけではないという意味もあっての発言だったのだが、その真意は響子にも、そして真夜にも伝わっていなかった。
「そういうわけだから、あまり気に病まないようにね」
最後にもう一度優しい笑みを浮かべた真夜に、響子は深々と頭を下げた。
子どものフォローをする真夜さん、実に母親っぽい