劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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想定してるわけがない


想定外の事態

 現地時間七月十五日午前六時。光宣と水波を乗せた輸送艦『コーラル』は、パールアンドハーミーズ環礁の米軍基地に到着した。

 だが光宣たちは基地内の施設を利用するどころか、輸送艦の外に出ることすら許されていなかった。

 

「レイモンド。船を降りられないって、どういうことだい?」

 

 

 光宣の口調は、明らかにレイモンドを非難するものだった。

 

「そう責めないでよ。上陸できないのは僕たちも同じなんだからさ。着いたらいきなり『しばらく船の外に出るな。補給は行う』とか、訳が分からないよ」

 

 

 応えるレイモンドの声は、どこか弱々しい。彼にとっても予想外の事態であるようだ。

 

「スピカ中尉はなんて言ってるんだ?」

 

 

 ゾーイ・スピカ中尉はパラサイトだ。同じパラサイト同士、チャネルを開けば光宣は何時でも思念で会話できる。目の前のレイモンドに、わざわざ尋ねる必要は無い。

 

「中尉も分からないってさ。不思議がって、いや、苛立っていたよ」

 

 

 そしてレイモンドは、それを指摘しなかった。光宣もレイモンドも、態度や表情から窺い得るより激しく動揺しているようだ。

 

「中尉がスターズ本部に交渉を依頼している。上手くいけば一両日中に、遅くても一週間以内にこの状況は改善されるはずだというのがスピカ中尉の判断だよ」

 

「一週間? 随分時間が掛かるんだな……。まぁ、良いか。レイモンドはそれを伝えに来てくれたのかい? 僕が暴れ出さないように」

 

「光宣がそんな馬鹿な真似をするとは思っていないよ。僕はね。でも君のことを知らない軍人も大勢いるから……」

 

「分かっている。誤解されるような真似をしないよう、気を付ける」

 

「頼むよ……。不自由させて悪いね」

 

 

 光宣は小さな手振りで閉ざされた扉に鍵を掛けた。ジェスチャー認識ではない。単純な移動魔法で内鍵のレバーを動かしたのだ。

 室内には光宣以外に水波もいた。一言も発言しなかったが、一緒にレイモンドの話を聞いていたのである。

 

「ゴメン。なんだか、変なことになっちゃって」

 

「いいえ」

 

 

 不安を隠せない顔をしている水波に、光宣が謝罪を口にしながら頭を下げたが、水波の返事を聞いて顔を上げると、彼女は小さく首を左右に振っていた。

 

「光宣さまの所為ではありませんから」

 

 

 水波はそう言って、控えめな微笑みを浮かべる。それ以上、何かを付け加えれば、光宣を非難する言葉になる。だから水波は、それ以上なにも言わなかった。

 光宣は、水波の微笑みの意味を覚って、口惜しげに唇を噛んだ。

 

「(どうして僕はこうも行き当たりばったりなんだ! 水波さんに不自由を強いるのは僕の本意ではないし、水波さんだって外の空気が吸いたいはずなのに)」

 

 

 いったい何が原因で上陸できないのかが分からない以上、光宣に手立てはない。水波が言うように光宣の所為ではないのだが、光宣は自分の力不足の所為だと自分自身を責める。

 

「(そもそも僕がもう少しうまく魔法を使えていたら、あの隠れ家にもう少し長く滞在できたはずなのに……九重八雲さんや父さんが結界内に侵入してきた隙に達也さんに隠れ家の位置を特定されてしまうなんて……僕が思っている以上に、達也さんの『精霊の眼』の性能は僕の『精霊の眼』よりも上なんだろうな)」

 

 

 少なくとも光宣の方では、達也に「視」られていたつもりは無かった。だが実際に達也が隠れ家にやってきたのだから、あの時に特定されたと考えるのが自然だ。光宣はもう一度唇を噛んで、今も「視」られているのではないかと周囲を警戒するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月十六日火曜日、四葉ビルの一室。ニュースの音声を背景にし、虚空を見詰めていた達也が口を開いた。

 

「水波を乗せた船がパールアンドハーミーズ環礁の基地に到着した」

 

「そうですか……」

 

 

 深雪は小声でそう応えるだけだ。場所も時期も予定された通りだった為、驚きがあまりなかったのだろう。

 

「それで、どうするの?」

 

 

 だがリーナは心穏やかではいられなかった。やはり、ミッドウェー監獄に囚われているカノープスのことが気になるらしい。

 彼女の口調は達也に突っかかるようなものだった。他の場合であれば、深雪が激しくリーナを咎めたに違いない。だがリーナが何故そんな心理状態になっているのか、事情を承知している深雪は小声で「リーナ」と窘めるに留めた。リーナも、自分の態度が八つ当たりに近かったことを自覚していたのだろう。彼女はすぐに「……ごめんなさい」と達也に謝った。

 

「気にしていない」

 

 

 達也はリーナの謝罪にこう応えてから、彼女の問いかけに答えた。

 

「北西ハワイ諸島への渡航手段については、母上からの連絡待ちだ」

 

「それって……」

 

「助けに行く方針に変更はない。リーナの依頼についても同じだ」

 

 

 リーナがフイッと顔を逸らす。彼女の頬は真っ赤に染まっているのだが、達也はその事を指摘することはなく、深雪も口元を抑えて笑うだけに留めた。

 

「……アリガト」

 

 

 その一言は、とても小さな声で呟かれた。普通なら背景のニュースの音声にかき消されて聞こえないのだが、達也の耳にも深雪の耳にも、リーナの感謝の言葉はちゃんと届いたのだった。




追跡には便利な能力だ

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