劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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さすがのリーナでも知ってる相手


USNAの大物

 達也たち三人を乗せた兵庫が運転する大型セダンは、都心の中層ビルの地下駐車場に駐まった。達也も深雪もリーナも素顔のままだ。これは「変装の必要無し」という真夜の指示によるものだった。確かに、車を降りてもマスコミの気配は一切ない。兵庫の説明によれば、通信機能内蔵の招待状無しでは駐車場のゲートも上がらない仕組みになっているそうだ。部外者の侵入を厳しく制限している会員制クラブが、今晩の会食の舞台だった。

 クロークで兵庫が招待状を渡すと、三つ揃いを着た初老の係員が出てきて達也たちは個室に案内された。一見、外に面した窓があるように錯覚する部屋だが、都心の景色を写しているのは高精細ディスプレイだ。空調も現在動いている物は内部循環式。冷房は天井を外側から冷やす徹底ぶりである。この個室は、建物の外から完全に遮断されていた。

 待つこと五分弱。係員と葉山と、老齢の白人男性、パンツスーツ姿の白人女性を連れてきた。女性は日本人的な特徴も備えていたから、日系白人かもしれない。葉山が老人を紹介する前に、リーナが「アッ」と声を上げ掛けた。彼女の表情から推察するに、どうやらUSNAの有名人らしい。

 

「達也様、深雪様」

 

 

 葉山が何時もとは逆の順番で達也と深雪に呼び掛けた。本来ならこの順番が正しいのだが、達也が葉山にかしこまられるのを嫌っているので、普段は「深雪様、達也殿」という順番なのだ。

 

「こちらの方は、USNAバージニア州上院議員、ワイアット・カーティス閣下です」

 

「ワイアット・カーティスです」

 

 

 カーティス老人は葉山が達也と深雪を紹介するのを待たず、一歩進み達也に握手を求めた。

 

「司波達也です。初めまして」

 

 

 達也は葉山や深雪に遠慮せずに、その手を握り返す。

 

「こちらは私の婚約者の司波深雪」

 

「司波深雪です。お目に掛かれて光栄に存じます」

 

 

 お辞儀する深雪に、カーティス老人も「こちらこそ」と会釈を返す。挨拶に流暢な日本語を使っていることといい、どうやら彼はある程度日本の流儀を尊重してくれるつもりのようだ。

 

「上院議員閣下、九島リーナです。お目に掛かれて光栄です」

 

「スターズのアンジー・シリウス少佐か。ワイアット・カーティスだ。よろしく頼む」

 

 

 ただリーナに対しては、受け答えも英語なら態度も自然な感じに尊大なものだった。自分の正体を言い当てられたことに、リーナは驚いていない。そのタネ明かしはカーティス、達也、深雪、リーナが着席してから、カーティス自身の口から明かされた。

 

「私はスターズのベンジャミン・カノープス少佐、本名ベンジャミン・ロウズの祖母の弟です。日本語では……何と言ったかな」

 

 

 最後のセリフは小声で、背後に控える日系白人女性に向けられたものだった。女性がカーティスの耳元で囁く。カーティスは頷いて、「そう、大叔父に当たります」と言葉を続けた。

 

「失礼ながら、閣下」

 

 

 リーナがカーティスに、日本語で話しかける。

 

「何かね」

 

 

 今度はカーティスも、日本語で応じた。

 

「ベン……カノープス少佐のお身内というだけでは、私は『シリウス』であることは知り得ないはずです。閣下がラングレーと親密な関係にあるという噂は、事実だったのですか?」

 

 

 リーナが口にした「ラングレー」とは、中央情報局の通称だ。一時期地盤沈下が見られたCIAは、第三次世界大戦中に再びアメリカ最強の情報機関へと登り詰めていた。

 

「フム……。率直だね、少佐。それは普通なら美点だが、場合によっては自らに大きな不利益をもたらすものとなる」

 

 

 リーナが座ったままビクリと身体を震わせた。

 

「お気に障ったのであれば謝罪します、閣下」

 

「いや、構わない」

 

 

 そう言ってカーティスは、視線をリーナから達也に移した。

 

「少佐が言うように、私はCIAに対しても、些かな影響力を持っています」

 

「閣下が議員の地位以上の力をお持ちであることは理解しました」

 

 

 達也の応えに、カーティスが満足げな笑みを浮かべる。

 

「では、これから私が申し上げることも信じていただけそうですね」

 

 

 彼はそう前置きしてから本題に入った。

 

「司波殿。私は貴方に北西ハワイ諸島へ渡る為の、艦船を含めた便宜を提供できます」

 

「ありがたいお申し出だと思います」

 

 

 深雪とリーナは揃って、目を見開き片手で口を覆ったが、対照的に達也は淡々とした口調と表情で答えを返す。まるで「予想通りだ」と言わんばかりの態度だ。

 

「閣下。よろしければ、その目的と理由をお聞かせ願えますか」

 

「私の依頼はミッドウェー監獄に囚われているベンジャミン・ロウズの救出。いや、脱獄と言うべきでしょうか。それさえ成し遂げていただければ、北西ハワイ諸島で司波殿が何をしても後始末は私が引き受けます」

 

「随分と、私にとって都合が良すぎるように思われますが……」

 

 

 達也は戸惑いを声に出して見せながら、カーティスに説明を求める。なお彼が「自分」ではなく「私」という一人称を使っているのは、日本語に不慣れであろうカーティスに対する配慮であるのと同時に、国防軍との心理的距離が遠ざかりつつあることの反映でもあった。




都合が良すぎるのは疑いたくなる

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