劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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やっぱり余計なことをしようとしている


旅団の動き

 七月十八日、木曜日。風間は朝一番で、旅団指令室に呼び出されていた。

 

「中佐、USNAのワイアット・カーティス上院議員を知っていますか」

 

 

 挨拶もそこそこに佐伯から質問を受け、風間は数秒、考え込んだ。

 

「確か『影の中央情報局長官』と噂されている保守タカ派の大物政治家でしたか。そのカーティス議員が何か?」

 

「議員は昨日、非公式に訪日しています」

 

「非公式に、ですか。新ソ連への対応を話し合いにでも来たんですかね」

 

 

 風間の推測はあり得ないものではなかったが、佐伯は軽口と取ったようだ。彼女は風間のセリフを無視して言葉を続けた。

 

「カーティス議員の行動は情報部もフォローし切れていないようですが、どうやら昨晩、四葉家と接触したようです」

 

「四葉家と?」

 

「四葉家当主の側近らしき人物が、カーティス議員の秘書兼通訳と話をしている姿が目撃されています」

 

「側近らしき? 確認は取れていないのですか?」

 

「違法なジャミング装置を使っていたようで、撮影はできなかったようです」

 

 

 違法な装置と言っても、盗撮自体が法に反している。使ったのが外国の政治家関係者では、現行犯で取り調べもできない。

 

「ですが目撃した情報部員の報告からして、四葉真夜の側近、葉山忠教であることは、ほぼ確実でしょう」

 

「四葉本家の使用人を束ねる、あの葉山ですか……。大物ですね」

 

「たかが十師族の使用人です。過度に警戒する必要はありません」

 

 

 佐伯が冷たく切り捨てる。ただその口調には、微量の虚勢が混じっていた。葉山は大漢を崩壊に導き四葉が『アンタッチャブル』と呼ばれるようになったあの戦いを陰で支えた人物だ。当時の当主・四葉玄造をサポートし、潜入手段の手配や効果的な攻撃目標の選定を行った後方参謀。『銀狐』の異名を取る謀将・佐伯にとっても、軽視できる相手ではないはずだ。

 だが風間はそれを、口に出したりはしなかった。彼も一応、上官に対する遠慮は知っている。代わりに風間は、たった今得られた情報から考えついた推理を述べた。

 

「このタイミングでカーティス上院議員が四葉家と接触したとすれば、議員は米軍内を侵食するパラサイトの駆除を四葉家に依頼したのではありませんか? ミッドウェー監獄襲撃を黙認し、九島光宣追跡の手段を提供するのと引き換えに」

 

「……何故ワイアット・カーティスがそのような取引を?」

 

「上院議員は政治的に保守派であるだけでなく、宗教的にも保守の傾向が強い政治家だと言われています。その様な思想信条を持つ人間にとって、パラサイトの存在は許せない物でしょうから」

 

 

 風間の推理は動機において半分だけしか的中していなかったが、取引内容をほぼ言い当てていた。

 

「国内の兵力を使ってパラサイトを粛正すると、内紛を唆したという汚名を避けられない。だから四葉家に掃除させようとしたということですか?」

 

「それもあるでしょうが、単純に戦力を計算した結果だと思います。閣下が仰ったように、自分たちだけでパラサイトを掃除しようとすれば、どうしても同士討ちになってしまう。外聞が悪くて大規模に部隊を動かすことはできないと思われます。その点、達也は一人で一軍に匹敵する戦力です。巻き添えを恐れなくても良い状況であれば、彼だけで基地の一つや二つは簡単に潰せるでしょう」

 

「北西ハワイ諸島の基地にパラサイトを集めて、司波達也の手で殲滅させるのがワイアット・カーティスの狙いだと?」

 

「その程度のことは考えていると思いますが」

 

「司波達也にそんな真似はさせられません」

 

 

 そう言う佐伯の口調は、苛立たしげで少々力が入り過ぎている印象があった。

 

「……アメリカ国内の勢力争いに日本の魔法師が介入するのは、USNA政府に対して誤ったメッセージを与える恐れがあります。好ましいことではありません」

 

 

 佐伯自身もややヒステリックだったと感じたのか、取り繕うようにそう付け加える。だが彼女の本音は、民間人である四葉家にアメリカ政界との強力なコネを作らせたくないのだろう。少なくとも風間は、佐伯の発言を聞いてそう感じた。風間が自分の言葉をどう捉えたか、佐伯は気付いていない。この時、彼女の意志は自分の思考に沈んでいた。

 

「……司波達也を」

 

 

 佐伯が目を上げず、まるで独り言のような口調で達也の名を口にする。

 

「彼を、大黒特尉として召喚しましょう」

 

 

 風間が訝し気に目を向けた先で、佐伯はこう続けた。平時、非戦地において、軍に民間人を呼び出す権利は無い。だが達也には、交戦者資格を付与する為に特別法で軍人としての地位が与えられている。これを逆手に取れば、達也を軍事法廷に召喚することは可能だ。上官として呼び出すことも。

 

「しかし現状は、特務規定に定められた条件に合致しません。呼び出すには名目が必要ですよ。どうされるのです?」

 

 

 ただ、既に新ソ連の具体的な脅威が遠ざかった現況で、「特尉」の地位を逆用できるかどうか、風間は懐疑的だった。

 

「外国勢力に内通した嫌疑を晴らす為の訊問です」

 

「……そうですか」

 

 

 無理がある、と風間は思った。だが、反対はしなかった。




下手したら消されるということを忘れてるのか?

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